画像を初めて見たときの印象は「感動して、ほっとした」
――2014年に撮影されたこの画像は、アルマ望遠鏡の大きな成果として、メディアでも取り上げられました。天文学者の間でも、議論を巻き起こすことになったそうですが、長谷川さんが初めてご覧になったときはどう思われましたか?
長谷川:この天体写真は、「おうし座HL星」という若い星のまわりに惑星系が生まれつつある様子を捉えたものですが、隙間に隔てられた同心円状の細い環が幾重にも並んでいる様子がはっきりと見て取れます。想像以上に鮮明で、美しい画像が撮れたことに感動すると同時に、安心しました。

長谷川哲夫(国立天文台チリ観測所上席教授)
――安心とは、どういう意味でしょうか。
長谷川:「アルマ望遠鏡を作れば、これまでの電波望遠鏡では不可能だった、より精密な天体画像が撮れます」「科学界に大きな貢献をすることができます」と政府にシミュレーション内容を説明したうえで、予算を通してもらっていましたから。見ることができるとは確信していたけれど、見事に撮れて、「ああ良かった!」と、ほっとしたのが率直な感想だったんです(笑)。

アルマ望遠鏡計画、提案時の資料 Credit:Geoff Bryden et al.(2000).
レコードのような円盤に、太陽系誕生のヒントが隠されている
――そもそも「おうし座HL星」って、どんな星ですか?
長谷川:地球からおよそ450光年先にある若い恒星です。生まれてからまだ100万年しか経っていません。
――太陽系はたしか、生まれて約46億年でしたよね。
長谷川:そうです。46億歳の太陽を46歳の人間にたとえるなら、おうし座HL星は0.01歳、生後4日足らずになりますね。
――若いというより、まるで「星の赤ちゃん」ですね。この円形のオレンジ色のものすべてが、星の赤ちゃんですか?
長谷川:いえ、星はこのレコード盤みたいなものの中心部にあります。まわりにあるのはガスや塵で、これが将来、おうし座HL星の周囲をまわる惑星になるんです。このガスや塵の集まりのことを、「原始惑星系円盤」といいます。
――ガスや塵から、惑星ができるんですか?
長谷川:そうです。太陽のような恒星も、地球や木星のような惑星も、もともとは宇宙のなかを漂っていたガスや塵からできたんです。だからこの画像は、赤ちゃん星のまわりで惑星が誕生し始めている様子を撮影したものなんです。
――太陽や地球も、昔はこんな姿をしていたんですか?
長谷川:もし、約46億年前にタイムトラベルをして、太陽系が生まれて100万年後の姿を見ることができたら、おそらくこんな感じで見えるのでしょうね。
アルマ望遠鏡によって、ピンぼけ画像がこんなにクリアに
――これまで、惑星系が誕生する様子を捉えた写真というのは撮られてなかったんですか?
長谷川:初めて原始惑星系円盤からの電波を捉えたのは、野辺山宇宙電波観測所の45メートル電波望遠鏡ですね。1993年のことです。その後、野辺山ミリ波干渉計でその姿が始めて捉えられました。そのときの画像がこれです。

おうし座GG星を取り巻くガス円盤からの電波スペクトル Credit:Skrutskie et al. 1993 ApJ 409, 422. [1] Copyright: AAS. Reproduced with permission.

おうし座GG星を取り巻くガス円盤の姿 Credit:Kawabe et al. 1993, ApJ 404, 63. [2] Copyright: AAS. Reproduced with permission.
――とても天体の画像には見えませんね。
長谷川:電波望遠鏡は光学望遠鏡に比べて、とても目が悪いんですね。専門的には「解像度(あるいは分解能)が低い」といいます。望遠鏡の視力は、望遠鏡の口径に比例します。光学望遠鏡ならレンズや鏡の大きさ、電波望遠鏡ならパラボラアンテナの直径が大きいほど、視力が良くなります。でも、同じ口径で比較した場合、電波望遠鏡は光学望遠鏡の1万分の1の視力しかないんです。だから、展開範囲が130メートルしかない野辺山ミリ波干渉計だと、こんなピンぼけな写真しか撮れないんです。その後もいろいろな観測が行われて、2002年に、野辺山ミリ波干渉計でより高い解像度でおうし座HL星を撮影した際にはこんな図が捉えられました。

おうし座HL星 Credit:Kitamura et al. 2002, ApJ, 581, 357. [3] Copyright: AAS. Reproduced with permission.
――うーん、これって、ただの線ですよね? 今回のアルマ望遠鏡で観測されたのと同じ天体とは思えません。
長谷川:おっしゃる通りで、この画像からは、このあと惑星がどんなふうに誕生するのかを想像もできませんよね。
――でも、66台の電波望遠鏡を最長16キロメートルの範囲に展開して、それぞれの受信データを組み合わせることで、仮想的に1つの巨大な望遠鏡にできる「電波干渉計」方式のアルマ望遠鏡では、この丸をはっきり写すことができると。なるほど、これはすごいですね!
長谷川:アルマ望遠鏡は、東アジア、北米、ヨーロッパなどの国際共同プロジェクトとして建設されましたが、日本は総額で約250億円と、建設費全体の4分の1を負担しました。これほど巨額の建設予算を国から出してもらうためには、天文分野のほかのプロジェクトだけでなく、他分野の科学プロジェクトにも研究費用を抑えていただかないといけません。だから、さまざまな研究者からも理解を得るために「いま惑星系誕生の様子はこんなピンぼけの画像でしか見られません。しかしアルマ望遠鏡を建設すれば、この100倍の解像度で見ることができて、その成り立ちがわかれば、天文学に限らず、生命誕生の秘密に迫るなど、科学全体に貢献できるんです。力を貸していただけませんか」と説明してきたんです。
――だから「実際に見えて良かった! ほっとした」となったわけですね。
長谷川:まさにそうなんです。

チリに建設されたアルマ望遠鏡 Credit: Y. Beletsky (LCO)/ESO