2017.05.09
アルマ望遠鏡を支える人々① まるでSF映画の世界。巨大車両のプロに訊く
そんなアルマ望遠鏡プロジェクトを支える人々を紹介する今連載。第1回目では、「トランスポーター」という特殊な車両を使って、電波望遠鏡の要である巨大なパラボラアンテナの移動を行うチームの仕事を取材します。まさに「縁の下の力持ち」、エンジニアリング部門のトップである水野範和教授、現地オペレーターのファン・サラマンカさんに話を聞きました。
5,000mの高地で、66台のアンテナが移動し続けるアルマ望遠鏡
—— アルマ望遠鏡は66台のパラボラアンテナを特殊車両で動かして配列を組み、星空からの電波をキャッチすることで「宇宙を見る」電波望遠鏡ですが、このアンテナはどのくらいのペースで動かしているのですか?
水野:いまは1か月に1度、10~20台のアンテナを移動しています。、アンテナを小さく密集させた配列から大きく広げた配列に少しずつ移動させていき、また大きな配列から小さな配列に戻していく、ということを繰り返しています。
—— アンテナを大きく広げた配列と、小さく密集させた配列では、なにが違ってくるのでしょうか?
水野:アンテナ同士の間隔を広げれば、望遠鏡の解像度がアップして、遠くの天体を細かく観察することができます。カメラでいえば、望遠レンズのようなものですね。一方、アンテナを密集させれば、大きく広がった天体全体を見渡すことができます。これもカメラでいえば、広角レンズみたいなものです。観測対象や研究目的に応じて、アンテナの配列をさまざまに変えられることが、アルマ望遠鏡の大きな強みになっているんです。
—— つまり、研究者が観測したい目的によって、アンテナの配列が変わってくるんですね。
水野:じつは、毎年10月から翌年9月までの1年間で、どんな配列にするかのスケジュールを事前にアナウンスしています。それを世界中の天文学者が見て、自分が研究している天体の観測に都合が良さそうな配列の時期にあわせて申し込むんです。
—— 66台ものアンテナを、毎回すべて移動させるのですか?
水野:66台のうち、日本が作った直径12mと7mのアンテナ16台(アタカマコンパクトアレイ)は、宇宙を広い視野で観測するため、特別に密集させているので、あまり動かす必要がありません。現時点では、残りの直径12mのアンテナ50台のうち45台が決まった配列にあることが、観測のための必要条件になります。
配列を変えるときは、45台を一気に動かすのではなく、1週間くらいかけて15台ほどのアンテナを動かし、少し大きな配列にして、3週間くらい観測を行います。次にまた1週間かけて15台ほど動かして、もうひと回り大きな配列にする。というように、だんだん大きくしていくんです。逆に配列を小さくしていくときも同じです。
100トンもある巨大アンテナを、一つひとつ運ぶのはなぜ?
—— 1台100トンもある巨大アンテナを動かすために、タイヤのある車両「トランスポーター」を使っていることに驚いたのですが、この移動方法はどうやって決めたのですか?
水野:たとえば、野辺山宇宙電波観測所のミリ波干渉計(現在、科学運用は終了)や、カール・ジャンスキーVLA(アメリカ国立電波天文台が持つ、超大型電波望遠鏡の一つ)は、アルマと同じ複数のアンテナを使う干渉計方式の電波望遠鏡ですが、アンテナの移動にはレールと台車を使っています。
ですが、アルマはそれらの電波望遠鏡と違って、アンテナの配置ポイントが200くらいあります。また地形がフラットではなく、一番遠くまでアンテナを運ぶときには、丘を越えて谷を越えてという感じなので、そこにレールを敷くのは現実的ではないんですね。
—— 上空からのアタカマ高地の写真を見ると、山頂施設のあたりは平らに見えるのですが、実際にはかなり高低差があるのですね。
水野:そうです。さらにアンテナをメンテナンスする際、標高5,000mの高地で長時間作業を行うのは命の危険もあるので、標高2,900mの山麓施設までアンテナを下ろして作業を行わなければなりません。
この移動もかなり長距離に及ぶので、レールを敷いて運ぶのは、はるかにコストがかさむと思います。ですから、移動にはタイヤのあるトランスポーターを使うことになったのです。
まるでSF映画の世界! 全長20m、車幅10mというトランスポーターの迫力
—— アンテナを移動させるときの様子を、くわしく教えて下さい。
水野:アンテナの移動作業は、5人1チームで行います。全体を統括する監督者が1人いて、正確かつ安全に移動できるかを常に見張っています。それから、トランスポーターを運転するためオペレーター(運転手)が1人。さらに技術者が3人ついてフォローします。
機械系統担当の技術者の3名のうち2人は、アンテナをトランスポーターに載せる際や設置場所に置く際に巨大なボルトを締めたり外したりします。残り1人は電気系統の技術者で、電源や信号ケーブルなどの取り外し、取りつけを行います。
—— 1つのアンテナを移動させるのに、どのくらいの時間がかかりますか?
水野:だいたい3、4時間ですね。ですから天候が安定していれば、午前に1台、午後に1台のアンテナを動かせます。トランスポーターは2台あるので、同時に使えば1日4台のアンテナを動かせますが、2台の同時使用は非常にまれなケースで、基本は1日に1台のトランスポーターを使っています。なぜかと言うと、トランスポーター自体も定期的に保守が必要なうえ、アンテナ移動に関わるスタッフは他にも機械系保守や受信機の取りつけ、取り外しなども兼任しているため、リソースが限られているからです。
—— それにしても、トランスポーターは見た目からして大迫力ですね! まるでSF映画の世界から飛び出してきたようです。
水野:大迫力ですよね。車高6m、全長が20m、車幅が10mもあります。片側に14個ずつ、計28個のタイヤがあり、すべて独立駆動で自在に動かせるので、車両を横に移動させたり、その場で回転させたりもできます。さらにはリモートコントロールで運転することもできるんです。
—— アンテナの重さは100トンもあるうえ、非常に精密なハイテク機器でもありますが、アンテナを安全に運ぶために、トランスポーターにはどんな工夫がされているのでしょうか?
水野:トランスポーターにはエンジンとは独立したディーゼル発電機が1台搭載されており、移動中もアンテナに給電を続けているんです。これにより、超電導受信機(アンテナに搭載されている、集められた電波を電気信号に変換する装置)を極低温に冷やされた状態を保つことができるため、移動完了の数時間後には観測が可能となっています。
さらに、エンジンを2つ積んでいて、もし移動途中に片方がダメになっても、もう一方のエンジンだけでアンテナを安全な場所まで持っていくことができます。タイヤも同じで、1つがコントロール不能になってしまったときは、そのタイヤを接地しないように持ち上げた状態で移動することができます。想定外のトラブルが起こっても、安全にアンテナを運べるように、かなり冗長性を持たせた設計になっているんです。
研究者だけでなく、現地のチリ人とも協業しながら宇宙への理解を深めあう
—— トランスポーターを実際に運転するオペレーターは、とても責任重大な仕事だと思いますが、どのくらいのトレーニングで運転できるようになるのでしょうか?
水野:特殊な技能が必要な仕事ですが、技術だけでいえば2、3か月で習得できると思います。ペーパー試験や、運転時に異常を感知できるかといった安全面の講習も受けてもらいつつ、早い人だと半年くらいで「仮免許」として移動作業を始めたりします。1年経てば、一人前のオペレーターになるという感じでしょうか。
—— オペレーターは何人いて、どんなシフトで働かれているのですか?
水野:現在、4人のチリ人のオペレーターにお願いしています。高地での仕事は体にかかる負荷も大きいので、8日働いて6日休みのシフトになります。アルマ望遠鏡プロジェクトは、必ずしも研究者だけのものではなく、現地のチリ人とも協業しながら理解を深めあい、宇宙や望遠鏡の魅力を伝えていくという一面もあるんです。
—— オペレーターの方々も、もともと天文学の知識や興味のある方が多いのでしょうか?
水野:どちらかというと、仕事を始めてから興味を持つ人が多いですね。朝礼の際にも、アンテナの配列を大きく広げたときの観測画像と、コンパクトに密集させたときの観測画像を見てもらい、「みなさんのおかげで、こういう天体写真が撮れるんだよ」と説明しています。するとオペレーターのみなさんも共感して、モチベーションが変わってくるんですね。
たとえば、天候が数日悪くて配列変更のスケジュールが間に合わなくなると、本来なら1日に1台しか動かさないけれど「今日は、2台動かそう」と提案してくれたこともあります。そのおかげで、翌日から新たな観測ができるようになったときは本当にありがたかったですし、彼らも「良かった」と言って誇らしげにしてくれましたね。
しかし、やはり標高5,000mでの作業には負担やリスクも伴いますし、望遠鏡を設置するためのネジを締め忘れるといった、起きてはいけないヒューマンエラーの原因にもなりかねません。作業量と安全のバランスをとるのも、私たちの重要な仕事の1つになるんです。
標高5,000mの高地で見せるエンジニアリングチームの誇り
—— アルマ望遠鏡がその性能をフルに発揮できるのは、巨大なアンテナを移動させるオペレーターやエンジニアリング部門のみなさんのがんばりがあってこそなんですね。
水野:まさにそうなんです。今期は年間で150回程度の移動を行う計画になっていますが、来期はおそらく1年で200回以上アンテナを移動させないといけません。アルマを使って観測をしたいという天文学者からの要望はどんどん増えていて、今期も4倍の競争率になってしまいました。
たくさんの要望に応じていろいろな観測をするためには、アンテナ移動回数を増やす必要があるのですが、そうなると悪天候の日以外はほぼ毎日アンテナを移動させないといけないので、これは大変なことです。それが実現可能なのか、まさにいま議論をしているところです。
—— トランスポーターはかなり丈夫にできていると思いますが、毎日のように100トンのアンテナを運ぶとなると、耐久性のほうはいかがですか?
水野:アルマ望遠鏡の装置のなかでも、たとえばアンテナのなかにある超伝導受信機(微かな電波を受信する装置)や、複数のアンテナでキャッチした電波を合成して画像を作るための相関器(スーパーコンピューター)は、日進月歩で装置が新しくなっていきますし、交換も容易です。
でも、アンテナ本体とトランスポーターは、最低でも30年使い続けるものです。両者ともアルマのキーとなる装置なので、これをいかに大事に維持していくかが、観測施設の将来を左右します。
私たちエンジニアリング部門のスタッフは、全員がそれを理解して、「私たちがアルマを守っているんだ」という使命と誇りを感じながら作業しています。そのことを多くの方にご理解いただき、ご支援をいただけばうれしいですね。
現地のトランスポーター運転手へのインタビューが実現
最後にチリ人のオペレーター、ファン・サラマンカさんにメールでお話を聞くことができたので、その生の声をお届けしたい。
—— アルマ望遠鏡で働き始めたきっかけはなんでしょうか。
サラマンカ:もともとはチリ海軍の航空隊で、電気整備やエレクトロニクス分野の管理者などの仕事に20年以上携わっていました。その経験を活かしてアルマに転職してから8年経ちましたが、6年間をトランスポーターのオペレーターとして働いています。
—— オペレーターになるためには、どんなトレーニングをされたのでしょうか?
サラマンカ:山麓施設で、トランスポーターを開発したショイエレ社による座学と実習の講座を受講しました。そのほかにも運転実習やメンテナンス作業を通じて、電気系統や電子部品、油圧、機械などについて学んでいます。
—— トランスポーターをオペレーションするなかで、一番難しいところはなんでしょうか。
サラマンカ:標高5,000mの高地では、強風、強い日射と紫外線、薄くて乾燥した空気など、厳しい自然環境がいちばんの難敵です。特に酸素が少ない環境で作業を続けると、認知能力や身体能力が低下してしまうんです。
また、トランスポーターも、外気にさらされた金属部品が次第に劣化していきます。そんななかで100トンのアンテナを安全に移動させるために、すべてのシステムが正常に動いているかどうかなど、基本的なことを常に注意しながら仕事を進めるようにしています。
—— ハードな仕事だと思いますが、どういうところにやりがいを感じますか?
サラマンカ:トランスポーターを操作してアンテナを運ぶこと、システム整備をすべて滞りなく行うこと、トラブルの改善案を見つけて調整していくこと自体が、とても面白い仕事だと思っています。
もちろん、次々と驚くべき発見をしていく、世界でもっとも大きな天文台の一員として仕事ができることにもやりがいを感じています。ほかのどこにもない2台のトランスポーターをきちんとメンテナンスすることで、25年、35年、さらにもっと長きにわたって、アタカマの大地でアルマ望遠鏡が観測を続けられる状態にしたいですね。