電波望遠鏡で見た赤色超巨星アンタレスの大気

アルマ望遠鏡とアメリカの電波望遠鏡カール・G・ジャンスキーVery Large Array (VLA)を使って、さそり座の一等星アンタレスの大気のもっとも詳細な姿が描き出されました。ふたつの電波望遠鏡の高い感度と解像度のおかげで、星表面のすぐ上にある彩層と星から流れ出すガスに至るまで、ガスの広がりと温度が明らかになったのです。
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アルマ望遠鏡とVLAで観測したアンタレスの電波画像。アルマ望遠鏡は短い波長の電波を観測することで、アンタレスの表面付近を調べました。一方でVLAは長い波長の電波を観測し、アンタレスから噴き出す恒星風を捉えました。アンタレスの右側のガスのかたまりの中に、アンタレスの伴星アンタレスBが位置しています。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), E. O’Gorman; NRAO/AUI/NSF, S. Dagnello

 
アンタレスや、オリオン座のベテルギウスは、「赤色超巨星」と呼ばれる種族の星です。赤色超巨星は、年老いた巨大な星で、温度は比較的低温です。星の中心部ではエネルギー源となっていた核融合反応の燃料を使い尽くしつつあり、やがて崩壊し、超新星爆発に至ります。赤色超巨星の表面からは大量のガスが宇宙空間に流れ出していて、これを恒星風(こうせいふう)と呼びます。恒星風には、星で作られたさまざまな重元素が含まれています。これらは生命にとっても欠かせない元素ですので、赤色超巨星からのガス拡散のようすを知ることは、宇宙における生命の材料について研究するうえでも重要です。しかし、恒星風がどのような仕組みで放出されているのかは、まだ解明されていません。アンタレスは地球にもっとも近い赤色超巨星であるため、アンタレスを詳細に観測することは、恒星風の謎を解くための重要なステップになります。

アルマ望遠鏡とVLAを使って得られたアンタレスの画像は、太陽以外の星ではもっとも詳細な恒星の電波画像となりました。アルマ望遠鏡が短い波長の電波(波長0.7mm~3mm)を観測してアンタレス表面近くのようすを調べた一方、VLAは長い波長の電波(波長7mm~10cm)で大気外層部のようすを明らかにしました。可視光で観測すると、アンタレスは太陽の700倍の直径を持っていることが知られています。しかしアルマ望遠鏡とVLAの観測結果からは、アンタレスの周囲のガスはもっと広大な領域に広がっていることがわかりました。

研究チームを率いたイーモン・オゴーマン氏(アイルランド、ダブリン高等研究所)は、「星の姿は、どの波長の電磁波で観測するかによって大きく変わります。VLAが観測した長い波長の電波では、アンタレスのまわりのガスは星自身のおよそ12倍の広がりを持っていました。」と語っています。

研究者たちは、アルマ望遠鏡とVLAの観測データから、アンタレスの大気に含まれるガスの温度を測定しました。特に研究者たちが注目したのは、彩層でした。彩層は、星表面のすぐ上に位置し、恒星内部から湧き上がってくる対流で生じる衝撃波や磁場によって加熱されています。彩層についてはまだわからないことが多く、太陽以外の星で彩層のようすが電波で捉えられたのは今回が初めてのことです。

アルマ望遠鏡とVLAのデータからは、彩層がアンタレスの半径の2.5倍のところまで広がっていることが明らかになりました。太陽の彩層の厚みは太陽の半径の200分の1ですから、アンタレスの彩層がいかに大きなものかがわかります。さらに、彩層の温度は過去の可視光紫外線観測から推測されていたものよりも低温で、最高でも3500℃でした。太陽の彩層が約2万℃であることを考えると、たいへん低温です。

オゴーマン氏は「アンタレスの彩層は、星としては『ぬるい』温度であることがわかりました。電波望遠鏡は、星の大気に含まれるガスやプラズマの温度を測る精密な温度計として使うことができます。過去の推測と今回の結果が違ったのは、可視光紫外線は非常に高温のガスにだけ感度があるからでしょう。」とコメントしています。

 

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アンタレスの大気の模式図。可視光で見た時の星のサイズは太陽の700倍もあり、太陽系では火星の軌道を十分に飲み込んでしまうほどの大きさです(図中、中心の”Photosphere”)。その外側には下部彩層・上部彩層(Lower/Upper Chromosphere)があり、さらにその外に、恒星風が流れ出すエリア(Wind Acceleration Zone)が広がっています。アルマ望遠鏡では主に彩層を、VLAではその外側を捉えることができました。
Credit: NRAO/AUI/NSF, S. Dagnello

 
「アンタレスやベテルギウスのような赤色超巨星は、不均質な大気を持っています。」と、過去に赤外線でアンタレスの大気を観測した経験を持ち、今回の研究チームの一員でもある大仲圭一氏(チリ、カトリカ・デル・ノルテ大学)はコメントしています。「異なる色のたくさんの点を使った『点描』で星の大気が描かれていると想像してみてください。色は、温度を表しています。ほとんどの点は、電波望遠鏡で観測できるぬるい温度の点ですが、その中に赤外線で観測できるもっと低温の点や紫外線望遠鏡が見ることのできる高温の点が混じっているのです。今のところ、これらの点をひとつひとつ見分けることができませんが、将来的にはぜひ挑戦したいと思っています。」と大仲氏は期待しています。

アルマ望遠鏡とVLAのデータから、研究者は彩層と恒星風が流れ出す場所を初めてはっきりと見分けることができました。VLAの画像では、アンタレスから噴き出し、伴星アンタレスBの重力の影響を受けるガスの広がりが捉えられています。

共同研究者のグラハム・ハーパー氏(コロラド大学)は、「私が学生だった頃、こんなデータが欲しいと夢見ていました。恒星大気のサイズと温度を知ることは、巨大な恒星風がどのようにして作られ、どれくらいの物質が放出されるのかを知る手がかりを与えてくれます。」とコメントしています。

「人類は、夜空の星は単なる点だと認識してきました。今回超巨星の大気をくわしく描き出せたことは、まさに干渉計技術の進展の証です。今回の観測はまさに偉業で、宇宙をより身近に、手の届くところまで運んできたといえます。」と、米国立電波天文台のクリス・カリーリ氏は感想を述べています。カリーリ氏は、1998年にVLAを使って初めてベテルギウスの多波長電波観測を実施した研究者です。

この記事は、2020年6月16日発表の米国立電波天文台のプレスリリース “Supergiant Atmosphere of Antares Revealed by Radio Telescopes”をもとに作成しました。

 
論文情報
この観測成果は、E. O’Gorman et al. “ALMA and VLA reveal the lukewarm chromospheres of the nearby red supergiants Antares and Betelgeuse”として、天文学専門誌『アストロノミー・アンド・アストロフィジクス』に掲載されました。
https://www.aanda.org/10.1051/0004-6361/202037756

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