台湾中央研究院天文及天文物理研究所(ASIAA)のヒョスン・キム氏をはじめとする国際研究チームは、アルマ望遠鏡による観測で、年老いた星ペガスス座LL星の周囲にガスの渦巻き模様をはっきりと描き出すことに成功しました。この星は連星をなしており、渦巻き模様を解析することで、実際には直接観測することのできない連星系の軌道運動を導き出すことができました。この観測成果は、今週出版された天文学専門誌『ネイチャー・アストロノミー』に掲載され、また同誌3月号の表紙を飾っています。
「これほど美しい渦巻き模様が空に浮かんでいるなんて、本当にワクワクします。私たちの観測により、形の見事に整った渦巻き模様の構造を明らかにすることができました。そして、この形を説明する理論を構築することができました。」と、キム氏は語っています。
太陽の8倍程度よりも質量の小さい星は、一生の最期に大きく膨らみ、「赤色巨星」と呼ばれる星になります。赤色巨星からは、自らを作っているガスが宇宙空間に放出されています。さらに進化が進むと中心の星の芯がむき出しになり、そこから放たれた強烈な紫外線が周囲のガスを照らしだすことによって「惑星状星雲」として見えるようになります。今回の観測対象となったペガスス座LL星 [1] は、直径が太陽の200倍以上に膨らんで盛んにガスを放出している赤色巨星であり、惑星状星雲になる一歩手前の段階にあるといえます。私たちを照らす太陽も、数十億年後には赤色巨星になると考えられます。
惑星状星雲にはさまざまな形のものがありますが、外側は球対称に近い一方で内側は非対称な形状を持ったものもあります。まったく性質の異なる形状がひとつの天体の中に共存することは非常に不思議ですが、中心の星が連星をなしていることが不思議な形状を理解する鍵になると考えられています。これを実際に観測で確かめるには、今回観測されたペガスス座LL星のように、星のまわりに生じた繰り返しのパターンを詳しく解析することが重要な手掛かりとなります。
研究チームは、アルマ望遠鏡を使い、ペガスス座LL星から継続的に噴出したガスが放つ電波を捉えました。さらに研究チームは、自ら開発したコンピュータシミュレーションとこの観測結果を比較し、観測された渦巻き模様を作りだすためには連星の軌道が非常に細長い楕円である必要があると結論付けました。特に、アルマ望遠鏡の観測画像にもはっきりと表れている渦巻き腕の枝分かれこそが、細長い軌道を持つ連星系に特有の構造であることを突き止めました。星の直径の数千倍にも広がったガスの形状から、中央部に隠された連星の性質を調べるという新しい手法が開けたといえるでしょう。
「アルマ望遠鏡のたぐいまれな感度と観測能力こそが、この複雑な渦巻き模様の研究には必要不可欠でした。連星系の研究にとって重要な情報をたくさん含む素晴らしい画像を目にすることができて、とてもうれしく思っています。」と、論文の共著者であるアルフォンソ・トレジョ氏(ASIAA)はその興奮を語ります。
ペガスス座LL星は、およそ10年前にハッブル宇宙望遠鏡で撮影され、完璧な渦巻き模様を持つ星として天文学者の注目を集めました。これほど美しい渦巻きは、それまでまったく知られていなかったからです。またアルマ望遠鏡を使った観測では、年老いた星ちょうこくしつ座R星の周囲にガスの渦巻きが見つかっていましたが [2]、ペガスス座LL星のほうがはるかにはっきりした渦巻きを持っています。
共同研究者であるマーク・モリス氏(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)は、「極めて整った形状を持つこの星によって、連星系の軌道進化を理解する新しいドアが開かれたといえます。渦巻きパターンの各周回が、異なる時代の記憶をとどめているといってもよいからです。」
ハッブル宇宙望遠鏡が撮影したペガスス座LL星の周囲の渦巻き模様は、ガスと一緒に星から放出された塵が、星からの光を散乱することで見えていたものでした。このため、渦巻き模様がどのように実際に動いているかを直接測定することはできませんでした。一方アルマ望遠鏡は、星の周囲を取り巻くガスに含まれる一酸化炭素やHC3N分子が放つ特定の周波数の電波を捉えており、ドップラー効果による周波数のずれからガスの運動を測定することができるのです。これにより、ハッブル宇宙望遠鏡では測定することができなかった、巨星から放出されるガスの運動が伴星の運動に伴って変化していく様子を明らかにすることができました。
(右)今回アルマ望遠鏡が観測したペガスス座LL星。Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO) / Hyosun Kim et al.
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO) / Hyosun Kim et al.
「渦巻きの間隔を測定することで、ペガスス座LL星を含む連星系の周期は約800年であることが推定できました。これは何人もの人が一生をかけても継続観測できないような長い周期ですので、渦巻き模様を逆にたどることでこの周期を読み解いていくというのは賢いやり方といえるでしょう。」と、共同研究者のシェンヤン・リュウ氏(ASIAA)は語っています。
「この印象的な渦巻き模様は、自然からのメッセージといってもいいでしょう。このメッセージを解読し年老いた中心星の姿を明らかにすることに、いま天文学者は挑んでいるのです。」と、キム氏は今回の研究の意義をまとめています。
注
[1] 地球からペガスス座LL星までの距離は、約3,400光年です。
[2] 詳しくは、2012年10月11日発表 「アルマ望遠鏡が見つけた不思議な渦巻き星 -新たな観測でさぐる、死にゆく星の姿」 をご覧ください。
論文・研究チーム
この研究成果は、Kim et al. “The Large-Scale Nebular Pattern of a Superwind Binary in an Eccentric Orbit” として、英国の天文学専門誌『ネイチャー・アストロノミー』2017年3月号に掲載されました。
この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
Hyosun Kim (台湾中央研究院天文及天文物理研究所(ASIAA)/東アジア中核天文台連合フェロー)、Alfonso Trejo (ASIAA)、Sheng-Yuan Liu (ASIAA), Raghvendra Sahai (ジェット推進研究所)、Ronald E. Taam (ASIAA/ノースウェスタン大学)、Mark R. Morris(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)、平野尚美(ASIAA)、I-Ta Hsieh(ASIAA)