国立天文台の但木謙一氏(日本学術振興会特別研究員)と伊王野大介 准教授を中心とする国際研究チームは、124億光年彼方で爆発的に星を作っているモンスター銀河 COSMOS-AzTEC-1をアルマ望遠鏡で観測し、形成初期の銀河においてかつてない高解像度で分子ガスの地図を描き出すことに成功しました。そしてこの地図を解析した結果、このモンスター銀河では、銀河全体にわたって分子ガス雲がつぶれやすくなっており、大量の星々が暴走的に生まれている様子が見えてきました。モンスター銀河は現在の宇宙に存在する巨大楕円銀河の祖先にあたる銀河と考えられているため、今回の研究成果は巨大楕円銀河の誕生の秘密を探ることにつながります。
私たちが住む天の川銀河では、今でも太陽のような星が新たに生まれていますが、初期の宇宙にはその1000倍という驚異的なペースで星を作る銀河が存在していました。このような銀河は「モンスター銀河」と呼ばれます [1] 。モンスター銀河は、天の川銀河のおよそ1000倍もの星を持つ巨大楕円銀河の祖先と考えられています。巨大楕円銀河は、銀河が多数集まった銀河団の中心に位置している、いわば銀河の王様です。巨大楕円銀河の誕生と進化の様子を調べることは、銀河団の形成、ひいては銀河団が連なる宇宙全体の進化を理解することにつながります。
どうしてモンスター銀河でこれほど猛烈な星形成活動が起きているのか、その理由はまだ明らかになっていません。その謎を探る鍵となるのは、星の材料である分子ガスです。但木氏ら研究チームは、大量の分子ガスが含まれるモンスター銀河COSMOS-AzTEC-1 [2] をアルマ望遠鏡のターゲットに選びました。研究チームはメキシコにある大型ミリ波望遠鏡の観測によって、COSMOS-AzTEC-1が地球から124億光年のかなたに浮かび [3] 、猛烈な勢いで星を生み出していることは突き止めていました。しかしこれまでの観測では、分子ガスがCOSMOS-AzTEC-1の中でどのように分布しているのかを示す地図を得ることまではできませんでした。この銀河で星がどのように生まれるのかを知るには、分子ガスの分布を明らかにすることが欠かせません。
120億光年以上も離れた銀河における分子ガス地図を得ることは、簡単ではありません。遠方にある銀河はとても小さく見えるので、それを分解できるほど高解像度の観測を行う必要があります。また銀河自体もたいへん暗いため、詳細な地図を描くには高い感度が必要となります。そこで、高い感度と解像度を併せ持つアルマ望遠鏡の出番です。アルマ望遠鏡では、複数のアンテナを広い範囲に配置することで、1つの巨大な望遠鏡のように高い解像度の観測を可能にします。今回研究チームは、アルマ望遠鏡のアンテナ群の配置を最大に広げた状態(アンテナ展開範囲16km)で観測して高い解像度を実現し、また合計7時間にわたってCOSMOS-AzTEC-1を観測し続けることで非常に弱い電波まで捉え、超高感度・高精細な分子ガス地図を取得することに成功しました。これは、非常に遠方にあるモンスター銀河の分子ガス地図としては、これまででもっとも高解像度のものとなりました。
研究をリードした但木氏は「100億光年以上もの彼方の宇宙にある銀河の姿をかつてない高解像度で直接観ることができることは、アルマ望遠鏡で観測を行う醍醐味のひとつです。」とコメントしています。
この高精細な分子ガス地図から、分子ガスの大部分がCOSMOS-AzTEC-1の中心1万光年の範囲に集中していることがわかりました。これまでに調べられてきた多くのモンスター銀河では中心部分で活発に星が生まれていることがわかっていますから、星の材料である分子ガスが中心部に集中していることは珍しいことではありません。ところがCOSMOS-AzTEC-1では、中心から数千光年離れた位置にも大きなガスの塊が2つあることがわかりました。なぜこんなところにガスの塊があるのでしょうか?このガスの塊にこそ、モンスター銀河がモンスターたるゆえん、すなわち爆発的に星が生まれている秘密が隠されていたのです。
濃く集まった分子ガス雲は自らの重力によってつぶれ、たくさんの星が生まれます。しかし、ある程度の量の星ができると、星や超新星爆発から噴き出すガスが重力にあらがう外向きの圧力として機能するため、ガス雲はつぶれることができず、星が生まれにくくなります。このように、銀河における星形成活動は、ほどよいペースに自動的に落ち着くと考えられます。
今回の観測では、COSMOS-AzTEC-1内の分子ガスの分布とガスの質量のみならず、ガス塊内部でのガスの運動の様子、つまり圧力の分布も高い解像度で明らかにすることができました。これらの情報から、COSMOS-AzTEC-1では銀河全体にわたって分子ガスの質量、つまり重力が大きいわりに圧力が弱く、星形成活動のペースを抑える効果がはたらいていないことがわかりました。中心部だけでなく、銀河全体にわたって極めて活発な星形成を起こしやすい状態になっていたのです。モンスター銀河についてこのような性質が明らかになったのは、今回が初めてのことです。
COSMOS-AzTEC-1では、星形成活動の自己制御が失われてしまっているために星が次から次へと暴走的に生まれているのだと考えられます。その星形成のペースたるや、星の材料である分子ガスをわずか1億年で使い果たしてしまうほどです。これは、より後の時代(宇宙誕生後20~60億年)の典型的な星形成銀河の場合に比べて10倍も速いものでした。つまり、モンスター銀河は長期間にわたってモンスターとして君臨し続けることはできないのです。これは、巨大楕円銀河が、宇宙初期のある時期に短期間に形成され成長することを示しています。
では、なぜCOSMOS-AzTEC-1は星形成の自己制御を失ってしまったのでしょうか。ひとつの可能性は、この銀河が近い過去に銀河衝突を経験したというものです。ガスを多量に含む銀河同士がぶつかることによって狭い範囲にガスが押し込められたために、自己制御が失われて暴走的に星が生まれているのかもしれません。
但木氏は、「COSMOS-AzTEC-1には今のところ銀河衝突の証拠は見つかっていません。今後、アルマ望遠鏡を使ってより多くのモンスター銀河を観測することで、銀河衝突とモンスター銀河の関連を明らかにしたいと考えています。」とコメントしています。
論文・研究チーム
この研究成果は、Tadaki et al. “The gravitationally unstable gas disk of a starburst galaxy 12 billion years ago”として、英国の科学雑誌「ネイチャー」2018年8月30日号に掲載されます。
この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
但木謙一(国立天文台), 伊王野大介(国立天文台/総合研究大学院大学), Min S. Yun (University of Massachusetts), Itziar Aretxaga (Instituto Nacional de Astrofísica, Óptica y Electrónica), 廿日出文洋(東京大学), David H. Hughes (Instituto Nacional de Astrofísica, Óptica y Electrónica), 五十嵐創 (University of Groningen), 泉拓磨(国立天文台), 川邊良平(東京大学), 河野孝太郎(東京大学), 李民主(名古屋大学), 松田有一(国立天文台/総合研究大学院大学), 中西康一郎(国立天文台/総合研究大学院大学), 斉藤俊貴 (Max Planck Institute for Astronomy), 田村陽一(名古屋大学), 植田準子(国立天文台), 梅畑豪紀(理化学研究所), Grant W. Wilson (University of Massachusetts), 道山知成(総合研究大学院大学), 安藤未彩希(総合研究大学院大学), Patrick Kamieneski (University of Massachusetts)
この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(No. 17J04449)による支援を受けています。
アルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計、Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA)は、欧州南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)がチリ共和国と協力して運用する国際的な天文観測施設です。アルマ望遠鏡の建設・運用費は、ESOと、NSFおよびその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾行政院科技部(MoST)、NINSおよびその協力機関である台湾中央研究院(AS)と韓国天文宙科学研究院(KASI)によって分担されます。 アルマ望遠鏡の建設と運用は、ESOがその構成国を代表して、米国北東部大学連合(AUI)が管理する米国国立電波天文台が北米を代表して、日本の国立天文台が東アジアを代表して実施します。合同アルマ観測所(JAO)は、アルマ望遠鏡の建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とします。
1 | モンスター銀河は、もっとも波長の短い電波であるサブミリ波を強く放射することから、「サブミリ波銀河」とも呼ばれます。こうした銀河では活発に星が生まれていますが、その周囲を濃いガスや塵がおおっていて星の光が銀河の外まで漏れ出てこないので、可視光望遠鏡ではその姿を捉えることができません。かわりに、星の光であたためられた塵がサブミリ波を放っているために、電波望遠鏡でその姿を捉えることができます。 |
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2 | COSMOS-AzTEC-1は、ハワイ島にあるサブミリ波望遠鏡JCMT(ジェームズ・クラーク・マクスウェル・テレスコープ)に搭載されたカメラAzTEC(アズテック)を用いた観測によって初めて発見されました。COSMOSとは、この天体がハッブル宇宙望遠鏡の基幹プログラム「宇宙進化サーベイ(コスモス・プロジェクト)」で観測された領域にあることを示しています。ろくぶんぎ座の中にあるCOSMOS領域は、ハッブル宇宙望遠鏡以外の望遠鏡でも精力的に観測されています。COSMOS-AzTEC-1は、このCOSMOS領域で最も明るいサブミリ波銀河です。 |
3 | 今回の天体の赤方偏移は、z=4.3でした。これをもとに最新の宇宙論パラメータ(H0=67.3km/s/Mpc, Ωm=0.315, Λ=0.685: Planck 2013 Results)で距離を計算すると、124億光年となります。距離の計算について、詳しくは「遠い天体の距離について」もご覧ください。 |