アルマ望遠鏡、最高周波数帯バンド10での初成果:巨大星誕生現場に見つかった糖類分子と宇宙噴水

日本がアルマ望遠鏡向けに開発した最高周波数帯の電波受信機(「バンド10」受信機)を使った観測から、初めての科学成果が生まれました。アメリカ国立電波天文台のブレット・マグワイア氏を中心とする国際研究チームは、アルマ望遠鏡のバンド10受信機を使って巨大星の誕生現場「猫の手星雲」の一角を観測し、巨大赤ちゃん星のまわりで糖類分子グリコールアルデヒドが放つ電波をはじめ、さまざまな分子が放つ電波(分子輝線)695本を発見しました。これは、過去に同領域で検出された分子輝線の数の10倍以上に相当します。また、重水の蒸気が巨大な赤ちゃん星から激しく噴き出しているようすも明らかにしました。この成果は、アルマ望遠鏡以前では困難であった「バンド10」の周波数帯での本格的な観測の幕開けを告げるものであり、新しい宇宙への窓から新しい研究が大きく花開くさきがけになると期待されます。

アルマ望遠鏡では、観測する電波を10の周波数帯(「バンド」)に分割し、それぞれに最適な設計で電波受信機を開発しました。この中でもっとも周波数が高い(波長が短い)帯域が「バンド10」です [1] バンド10で観測する電波は、周波数では787~950 GHz、波長では0.32~0.38mmに相当します。日本が開発を担当したバンド10受信機ですが、その高い周波数ゆえに他の周波数帯で使われている超伝導素材では十分な性能が得られませんでした。そこで国立天文台の開発チームは、情報通信研究機構と協力して、窒化ニオブ系超電導材料を用いた高感度受信機の開発に挑み、世界最高性能の受信機開発に成功しました [2] 参考:2009年6月16日付プレスリリース「世界最高性能のサブミリ波(テラヘルツ)受信機の実現 ―ALMAにおける最高周波数受信機バンド10の開発に成功―」。その後、アルマ望遠鏡の全アンテナに搭載される受信機を国立天文台内で量産し、チリでの試験観測等 [3] 2014年9月11日付ニュース記事「アルマ望遠鏡、最高周波数帯バンド10での観測に成功を経て、2015年10月から世界の研究者による科学観測でバンド10受信機が使われています。

 

バンド10受信機

国立天文台が中心となって開発した、アルマ望遠鏡バンド10受信機
Credit: 国立天文台


 

世界最高性能の受信機をもってしても、この周波数帯の観測は簡単ではありません。これほど高い周波数の電波は、大気中の水蒸気によって激しく吸収を受けるのです。アルマ望遠鏡は世界で最も乾燥した場所のひとつとされるアタカマ砂漠に建設されましたが、それでも水蒸気の影響を完全に避けられるわけではありません。バンド10の周波数帯で観測が可能なほど極めて乾燥したタイミングは、アタカマ砂漠といえども年間観測時間の10%にも満たないほどしかないのです。しかし、この周波数帯を観測する価値は非常に高いため、宇宙を観測する新しい窓として天文学者の期待を集めています。

今回、アルマ望遠鏡バンド10受信機での初めての観測成果を出したアメリカ国立電波天文台のブレット・マグワイア氏は、「これほど高い周波数の電波の観測は、これまではほぼ不可能でした。アルマ望遠鏡の極めて高い精度と感度、そして地球上で最も乾燥し安定した大気条件が組み合わさって初めて可能になるのです。」とコメントしています。

バンド10の周波数帯の電波を観測するメリットのひとつは、多くの複雑な有機分子がこの周波数帯で電波を放つことです。より低い周波数帯でも有機分子は電波を発しますが、バンド10ではよりエネルギーの高い状態にある分子、つまりより高温・高密度な環境に存在する分子からの電波をとらえることができます。例えば赤ちゃん星近傍での化学反応を調べることは、惑星誕生現場における有機分子の分布を考えるうえでも重要です。

もうひとつのメリットは、非常に単純な構造の分子が低エネルギー状態で放つ電波が含まれることです。たとえば、重水(HDO) [4] 水分子(H2O)を構成する水素のひとつが重水素(D)に置き換わったもの。は、周波数893 GHzで電波を出します。地球大気には水蒸気が含まれるため、宇宙にある水分子の観測は地上からは困難です。これまでは宇宙望遠鏡を使った観測が行われてきましたが、バンド10受信機を擁するアルマ望遠鏡であれば、HDO分子が放つ電波を観測することで、宇宙における水蒸気の分布を詳しく調べることができます。

今回、ブレット・マグワイア氏らの研究チームは、アルマ望遠鏡バンド10受信機を使って、巨大星の誕生現場「猫の手星雲」 [5] 地球から見るとさそり座の方角にある「猫の手星雲」は、地球からの距離が約4200光年と巨大星の誕生現場としては比較的近くにあり、アルマ望遠鏡からも観測しやすい対象です。の一角にある領域「NGC 6334I」を観測しました。この天体は多くの望遠鏡で観測されており、さまざまな分子が放つ電波が数多く発見されていて、非常に豊かな化学組成を持っていることが知られています。付近には多くの原始星が潜んでいると考えられ、周囲のガスの分布や化学組成の違いを調べ、巨大星が作られる環境を調べるにはうってつけの場所といえます。

バンド10でのNGC 6334Iの観測により、非常に多数の分子が放つ電波(分子輝線)が検出されました。NGC 6334Iは、ハーシェル宇宙望遠鏡 [6] ヨーロッパ宇宙機関が2009年に打ち上げた宇宙望遠鏡。赤外線からサブミリ波を観測する宇宙望遠鏡として過去最大の口径3.5mの主鏡を有し、星の誕生領域や銀河の観測に威力を発揮しました。によって同じ周波数帯で観測が行われており、65本の分子輝線が検出されていました。いっぽう今回の観測で同周波数帯内に検出された分子輝線の数は695本と、ハーシェル宇宙望遠鏡の観測結果の実に10倍以上にものぼりました。アルマ望遠鏡が感度においても空間解像度においてもハーシェル宇宙望遠鏡をおおきく凌駕するため、これほど多くの分子輝線を検出することができました。

 

猫の手星雲

ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した猫の手星雲と、その一角(NGC 6334I)でとらえられた分子輝線。アルマ望遠鏡とハーシェル宇宙望遠鏡の観測結果を比較すると、アルマ望遠鏡のほうがおよそ10倍もの数の分子輝線をとらえていました。
Credit: S. Lipinski/NASA & ESA, NAOJ, NRAO/AUI/NSF, B. McGuire et al.


 

研究チームは、分子輝線の周波数の分析を注意深く行い、砂糖のなかまの中でもっとも単純な構造をしたグリコールアルデヒド(HOCH2CHO)分子が放つ電波が含まれていることを明らかにしました。このほかに数多く検出された分子輝線の中には、メタノール(CH3OH)、メチルアミン(CH3NH2)、エタノール(CH3CH2OH)、ギ酸メチル(CH3CHO)などさまざまな有機分子が放つ輝線が含まれていました。若い星のまわりでの有機分子の探査は、生命の起源に迫る研究としてもたいへん重要です。今回、検出された分子輝線がたいへん多く、また分子がこの周波数帯で出す電波に関する実験室での実験が十分に行われていないこともあり、すべての分子輝線の同定には至っていません。今後実験室での化学実験によってさまざまな分子が放つ輝線のデータが蓄積されていけば、新しい分子の発見にもつながる可能性があります。

重水(HDO)分子が放つ電波の観測では、NGC 6334Iの中心付近からガスが噴水のように噴き出しているようすがはっきりととらえられました。ガスと塵の雲の中で生まれた赤ちゃん星は、重力によって周囲の物質を引きつけますが、その一部を両極方向に激しく噴き出すことが知られています。今回観測されたガスジェットの根元には、巨大な赤ちゃん星 NGC 6334I MM1Bがあると考えられます。このジェットは、他の観測でこの星のまわりに発見されたより大規模なジェットとやや向きが異なっていることもわかりました。重水分子で観測されたジェットは、より若く、星から噴き出したばかりのジェットを見ているのではないか、と研究チームは考えています。

 

ALMA Band 10 radio image of NGC 6334I

アルマ望遠鏡が観測したNGC 6334I。中心に巨大な赤ちゃん星NGC 6334I MM1Bがあり、そこから上下方向にガスが噴き出しています。重水(HDO)分子が放つ電波を青、塵が放つ電波をオレンジで表現しています。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO): NRAO/AUI/NSF, B. Saxton


 

グリコールアルデヒドと重水分子が放つ電波の分布を比べると、この領域での化学反応についても調べることができます。グリコールアルデヒドは、氷で覆われた星間塵粒子の表面で、一酸化炭素分子(CO)に水素や酸素などの原子が結合していくことで作られると考えられています。今回の観測から、グリコールアルデヒドと重水分子の分布はよく似ていることが明らかになりました。これは、塵表面で作られた分子が、やがて衝撃波や熱によって塵表面の氷が壊されるのといっしょに星間ガス中に飛び出していったことを示しているのかもしれません。

バンド10受信機開発チームを率いた国立天文台の鵜澤佳徳教授は、「私たちが開発したバンド10受信機を使った初の成果が出たと聞いて、とてもうれしく思っています。バンド10受信機は、超伝導素子開発に20年以上取り組んできた私の研究のひとつの集大成であるとともに、一緒に開発をやり遂げた開発チームメンバーや、チリ現地での試験観測を担当した多くのスタッフの努力の結晶でもあります。今後も、バンド10受信機が新しい宇宙の姿を届けてくれることに期待したいと思います。」と述べています。

 
論文・研究チーム

この観測成果は、B. A. McGuire et al. “First Results of an ALMA Band 10 Spectral Line Survey of NGC 6334I: Detections of Glycolaldehyde (HC(O)CH2OH) and a New Compact Bipolar Outflow in HDO and CS” として、アメリカの天文学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ」に2018年8月に掲載されました。

 
今回の研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
Brett A. McGuire (National Radio Astronomy Observatory / Harvard-Smithsonian Center for Astrophysics), Crystal L. Brogan (National Radio Astronomy Observatory), Todd R. Hunter (National Radio Astronomy Observatory), Anthony J. Remijan (National Radio Astronomy Observatory), Geoffrey A. Blake (California Institute of Technology), Andrew M. Burkhardt (University of Virginia / Harvard-Smithsonian Center for Astrophysics), P. Brandon Carroll (Harvard-Smithsonian Center for Astrophysics), Ewine F. van Dishoeck (Leiden University), Robin T. Garrod (University of Virginia), Harold Linnartz (Leiden University), Christopher N. Shingledecker (University of Virginia / University of Stuttgart), Eric R. Willis (University of Virginia)

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1. バンド10で観測する電波は、周波数では787~950 GHz、波長では0.32~0.38mmに相当します
2. 参考:2009年6月16日付プレスリリース「世界最高性能のサブミリ波(テラヘルツ)受信機の実現 ―ALMAにおける最高周波数受信機バンド10の開発に成功―」
3. 2014年9月11日付ニュース記事「アルマ望遠鏡、最高周波数帯バンド10での観測に成功
4. 水分子(H2O)を構成する水素のひとつが重水素(D)に置き換わったもの。
5. 地球から見るとさそり座の方角にある「猫の手星雲」は、地球からの距離が約4200光年と巨大星の誕生現場としては比較的近くにあり、アルマ望遠鏡からも観測しやすい対象です。
6. ヨーロッパ宇宙機関が2009年に打ち上げた宇宙望遠鏡。赤外線からサブミリ波を観測する宇宙望遠鏡として過去最大の口径3.5mの主鏡を有し、星の誕生領域や銀河の観測に威力を発揮しました。

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