今西昌俊氏を代表とする国立天文台及び鹿児島大学からなる研究チームは、アルマ望遠鏡を使って渦巻銀河M77の中心核を観測し、超巨大ブラックホールをドーナツ状に取り巻く半径およそ20光年の分子ガスをとらえました。さらに、この分子ガスがブラックホールを中心に回転している様子を初めて鮮明に明らかにしました。「活動銀河核」と呼ばれる活発な超巨大ブラックホールの周囲に回転するドーナツ状の分子ガスが存在することは古くから提唱されていましたが、これまで直接観測で確かめられたことはありませんでした。今回の発見は、銀河の中心に存在する超巨大ブラックホールの活動と周囲の銀河に与える影響を調べる際の基礎となる重要な成果です。
宇宙に存在するほぼすべての銀河の中心には、太陽の数十万倍から数億倍の質量をもつ非常に巨大なブラックホールが存在すると考えられています。また、これら超巨大ブラックホールの質量と、それを宿す銀河全体の質量には相関があることも明らかになっています。研究者は、超巨大ブラックホールと銀河が互いに影響を及ぼしあいながら進化してきた(共進化)と考えていますが、銀河全体からみると超巨大ブラックホールの大きさは百億分の一と極めて小さいので、銀河と超巨大ブラックホールが具体的にどのように影響を及ぼしあっているのかは、まだよくわかっていません。
銀河と超巨大ブラックホールの共進化を理解するうえで重要なのが、今まさに大量の物質を飲み込んで成長中の超巨大ブラックホールです。こうしたブラックホールの周囲は、落下してくる物質の重力エネルギーを光に変えて明るく輝いており [1] 、「活動銀河核」と呼ばれます。活動銀河核からは非常に強い光が放たれ、またときに高速のガス流を噴き出すことから、周囲の銀河環境に大きな影響を与えると考えられます。活動銀河核は、共進化の謎を解く鍵となる天体なのです。しかし、私たちが住む天の川銀河の中心にある超巨大ブラックホールは、落ち込む物質の量が非常に少なく、弱い活動しかしていません。ですから、活動銀河核の様子を理解するには、遠方にある別の銀河の中心核を高い解像度で観測する必要がありました。
「活動銀河核のいろいろな特徴を自然に説明できるため、超巨大ブラックホールのまわりにガスと塵の雲がドーナツ状に取り巻いていると多くの研究者は考えてきました。これは、『活動銀河核の統一モデル』と呼ばれています。地球から見るとドーナツ状のガス雲は非常に小さくしか見えないので、その姿をはっきりととらえ、その広がりやガスの動き、化学的性質などを調べることはこれまで困難でした。しかし、高い解像度を持つアルマ望遠鏡の登場により、直接観測して調べることが可能になったのです。」と、研究チームを率いる今西昌俊氏(国立天文台)はコメントしています。
今回、研究チームは、アルマ望遠鏡を用いて渦巻銀河M77 [2] の中心部を詳細に観測しました。M77の中心には活動銀河核が存在することが知られており、また活動銀河核の中では比較的地球に近いことから、その様子を詳しく調べるにはうってつけの天体といえます。
アルマ望遠鏡による観測から、超巨大ブラックホールのまわりを大きく取り巻く半径約700光年の馬蹄形をしたガス雲と、超巨大ブラックホールを包む半径約20光年のコンパクトなガス雲が明瞭に写し出されました。さらに、ガス分子が放つ特有の周波数の電波のドップラー効果を測定したところ、コンパクトなガス雲が超巨大ブラックホールを中心に回転している様子が明瞭に捉えられました。これこそが、多くの研究者が「活動銀河核の統一モデル」としてその存在を信じていた、ブラックホールを取り巻くドーナツ状のガス雲であると研究チームは考えています。
活動銀河核に含まれる超巨大ブラックホール周囲の観測はこれまでに多く行われており、ドーナツ状のガス雲の回転を捉えようとする試みもありましたが、なかなか成功しませんでした。その理由の一つは、解像度の不足です。また、回転運動を反映する適切な分子からの電波を選んで観測することも重要な要素でした。過去にアルマ望遠鏡を使って行われたM77中心部の一酸化炭素分子(CO)の観測では、今回見出されたものとは90度異なる方向に動くガスがとらえられていました。ガス雲の上半分が手前に、下半分が奥に動くような様子がとらえられていたのです [3] 。ドーナツ状のガス雲のこのような動きを解釈するのは難しく、「回転するドーナツ状のガス雲が存在する」という「統一モデル」を観測ではっきりと立証するには至っていませんでした。一方で今回研究チームが観測したのは、シアン化水素(HCN)とホルミルイオン(HCO+)が放つ電波でした。これらの分子は、高密度のガス雲で強く電波を出すことが知られています。「これまでの観測からドーナツ状の塵やガス雲が東西方向に広がっていることは確かであり、私たちのデータはその分布から期待される回転のようすとよく一致します。」と、今西氏はコメントしています。
今回の観測から、ドーナツ状のガス雲はブラックホールをはさんだ東西で分子ガス輝線の強度が大きく異なることがわかりました。また、超巨大ブラックホールの重力だけに従う整った回転をしているのではなく、かき乱されたようなガスの運動があることもわかりました。これらは、もしかしたらM77の中心部に別の銀河が衝突した名残かもしれません [4] 。
今回の観測で明らかになったM77の活動銀河核のようすは単純な「統一モデル」よりも複雑なものでしたが、まずは予測されていた「回転するドーナツ状のガス雲」の存在が観測ではっきりと確かめられたことに大きな意義があります。今回の成果は、活動銀河核のエンジンである超巨大ブラックホールとそれを取り巻くガスの関係、そしてそれらを含む銀河全体との関係を一体的に理解するための、確かな一歩となりました。
論文・研究チーム
この成果は、Imanishi et al. “ALMA Reveals an Inhomogeneous Compact Rotating Dense
Molecular Torus at the NGC 1068 Nucleus”として、米国の天文学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ」に2018年2月1日号に掲載されました。
この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
今西昌俊(国立天文台/総合研究大学院大学)、中西康一郎(国立天文台/総合研究大学院大学)、泉拓磨(国立天文台)、和田桂一(鹿児島大学)
この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(No. 15K05030、16H03959)の支援を受けて行われました。
1 | このメカニズムは、水力発電にたとえられます。水力発電では、高い場所にある水を低い場所に落とし、そのエネルギーでタービンを回して発電します。これは、地球の重力エネルギーを活用した事例です。活動銀河核の場合は、高い場所(ブラックホールから遠い場所)にあるガスが、ブラックホールの重力に引かれて低い場所(ブラックホールに近い場所)に移動してきます。この際の重力エネルギーが最終的には熱に変換され、高温になったブラックホールの周囲のガスから非常に強い光が発せられます。 |
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2 | M77は、NGC1068とも呼ばれます。この渦巻銀河は、くじら座の方向およそ4700万光年の距離にあります。 |
3 | García-Burillo et al. (2016)では、一酸化炭素分子の動きはドーナツ状の雲内のガスの動きが激しくかき乱されているために、回転運動が見えていないと解釈しています。またGallimore et al. (2016)では、一酸化炭素分子が放つ電波は超巨大ブラックホール周辺から南北に噴き出すガス流の動きを反映していると解釈しています。 |
4 | すばる望遠鏡による観測で、数十億年前にM77の中心部に小さな銀河が飲み込まれた形跡が発見されています。詳しくは、2017年10月30日付プレスリリース「衛星銀河の合体が超巨大ブラックホールに活を入れる」 をご覧ください。 |