赤ちゃん星の"くしゃみ"を捉えたか?
〜アルマ望遠鏡が目撃したダイナミックな磁束放出〜

星(太陽をはじめとする恒星)は分子雲コアと呼ばれる星の卵が重力によって収縮することで誕生します。分子雲コアには磁力が働いており、星が誕生する過程で磁束として分子雲コアのガスとともに星に持ち込まれます。しかし磁束を全て持ち込んでしまうと超強力な磁力を持つ星になってしまい観測事実と合いません。 磁束を捨て去る仕組みがどのようになっているのかは研究者の間で40年以上にわたり議論されており磁束問題とよばれています。従来は磁気拡散という効果によって星の周りの円盤から磁束のみがじわじわとしみだすように抜けていくと考えられていました。
 九州大学および国立天文台の徳田一起らの研究チームは地球から約450光年と星の誕生現場としては最も近いおうし座分子雲にある、MC 27という分子雲コアに潜む原始星(赤ちゃん星)をアルマ望遠鏡で観測しました。その結果、赤ちゃん星を取り巻く円盤から数天文単位の大きさを持つ「棘(とげ)」のようなものが世界で初めて見つかりました。これは当初予想していなかったものです。研究チームは理論研究との比較から、「交換型不安定性」という現象に着目しました。この現象では、円盤の縁に磁力が集中した際に重力中心の原始星から外側に向かう浮力が働き、突発的な爆発現象のようにして短時間で磁束が放出されます。この磁束の輸送機構は、これまで考えられていたものとは全く異なるものです。短いタイミングで一気に磁力を外に追いやることから、ほこりやウイルスを空気とともに一気に押し出す人間の「くしゃみ」にも似ています。この不安定性が起こった瞬間に磁束が円盤の外側に飛び出してガスの空洞が作られます。「棘(とげ)」は、空洞の周りのリング状のガスのうちの濃い部分が観測されたものだと考えられ、磁束が飛び出す現場を捉えたものと解釈できます。また、過去に観測されていた原始星から数1000天文単位に渡るより大きい弓状のガスがこの棘と同様の特徴や空洞のように見えることから、複数回「くしゃみ」をして磁束が円盤からはきだされた可能性も同時に浮かび上がりました。このMC 27で見つかっていたような弓状ガス雲と似たような特徴は、いろんな星の赤ちゃんで頻繁に見つかりつつあります。このくしゃみをする条件を詳しく調べることにより、赤ちゃん星自身の成長過程やその周りにある惑星の起源物質の理解が急速に進むと期待されます。
本研究成果は米国の雑誌「The Astrophysical Journal」に2024年4月11日(木)午後6時(日本時間)に掲載されした。

 

Fig1-Tokuda-202404

図1: アルマ望遠鏡の観測に基づいて描いた星の赤ちゃんから「くしゃみ」によって磁束が放出される様子の再現CG(想像図)。明るい円盤の中心に星の赤ちゃんがいます。その円盤の端から磁束が放出される瞬間を表しています。Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)

 

研究者からひとこと:
星の誕生過程において「角運動量問題」と「磁束問題」という2つの重大な問題が知られています。一般的に赤ちゃん星はアウトフローという「うぶ声」を上げることが分かっていますが、これは星の回転を弱める角運動量問題の解決と密接に関係しています。今回発見した赤ちゃん星の「くしゃみ」は「うぶ声」よりも少し静かな現象で、磁束が捨て去られる「磁束問題」の解決に直結しています。「うぶ声」と並んで「くしゃみ」は赤ちゃん星の誕生と成長の謎を明らかにする大事な要素になり得ると期待しています。

【研究の背景と経緯】
星(太陽をはじめとする恒星)は分子雲コア(※1)と呼ばれる星の卵が重力によって収縮することによって誕生します。分子雲コアには磁力が働いており磁力線に貫かれていると考えられています。分子雲コアが収縮して原始星(赤ちゃん星)誕生の際には、磁力線が束ねられた磁束(※2)も一緒に持ち込まれます。しかし、この磁束を全部持ち込んでしまうと、現在の太陽や知られている原始星が持つものよりも何桁も大きい磁力(1000万ガウス)が発生してしまうため、星が誕生する過程で磁束を外に捨て去る必要があります。この磁束を捨て去る仕組みが実際どのようになっているのかは研究者の間で盛んに議論が行われており、「磁束問題」と呼ばれています。従来は、重力で星の赤ちゃんにガスが集まる時間と同じくらいの長い時間尺度で、円盤を通して一定の割合でじわじわと磁束が抜かれて磁力が弱まっていくという考え方が主流でした。

【研究の内容と成果】
九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門 学術研究員/特任助教、および、国立天文台アルマプロジェクト 特任助教の徳田一起らの研究チームは地球から約450光年と星の誕生現場としては最も近いおうし座分子雲にある、MC 27という分子雲コアに潜む原始星(赤ちゃん星)を観測し、従来の考え方とは異なり一気に磁束を捨て去ったと思われる特徴を発見しました。アルマ望遠鏡(※3)を用いて非常に高い解像度の観測を行うと、原始星周囲の円盤(※4)から数天文単位の大きさを持つ「棘(とげ)」のようなものが見つかりました(図1,2)。これは当初予想していなかったものです。研究チームは理論的な研究との比較から、磁気流体における「交換型不安定性(※5)」という現象に着目しました。これは円盤の縁に磁束が集中した際に、原始星から離れる方向に浮力が働く現象です。短いタイミングで一気に磁束(磁力)を放出することから、ほこりやウイルスを空気とともに一気に押し出す人間の「くしゃみ」にも似ています。この不安定性が起こった瞬間にガスの空洞が作られ、その空洞の端の濃い淀みのガスが「棘(とげ)」として見られていると考えられます(図2,3)。この「棘(とげ)」はまさに磁束が抜ける現場を捉えたものです。また、このMC 27では数1000天文単位に渡った弓状のガス雲も観測されていました(図2a)。これは、過去の「くしゃみ」によって生じた空洞が音速(毎秒200m)程度で成長した結果生じた構造と考えられ、過去に複数回「くしゃみ」をしていた可能性も同時に浮かび上がりました。

【今後の展開】
星の誕生を理解するためには、星の卵の回転の勢いと磁束を捨て去る「角運動量問題」と「磁束問題」という2つの大きな問題を解決する必要があることが40年以上前から指摘されています。星の回転を弱める角運動量問題と密接に関係している、原始星円盤の上下に噴き出すガスのアウトフローは、星の赤ちゃんの「うぶ声」として良く知られていました。今回新たに明らかになった、磁束を直接放出する「くしゃみ」は磁束問題の解決の大きなヒントになり得ます。また、このMC 27で見つかっていたような大きな弓状構造自体は、近年いろんな星の赤ちゃんで頻繁に見つかりつつあることから、研究者の予想を超えて「くしゃみ」は頻繁に起こっているかもしれません。このくしゃみをする条件を、スーパーコンピュータを使った理論計算やアルマ望遠鏡による観測で他の星の赤ちゃんの周りのガス分布をさらに詳しく調べることにより、赤ちゃん星の形成過程や惑星のもと(原始星円盤およびその中に含まれている微粒子などの物質の特徴)の理解が急速に進むと期待されます。

【参考動画】

動画1: 赤ちゃん星からの磁束が放出に伴ってガスや塵が放出される様子を再現したCG
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)

 

Fig2-Tokuda-202404

図2  (a)過去の観測で明らかになっていた、原始星を取り巻く弓状ガス雲。画像はHCO+分子からの電波強度を示す。(b) アルマ望遠鏡の最高解像度観測によって原始星の近傍をより詳しく観測した結果。画像は濃いガスに含まれる塵からの電波を表す。原始星円盤に付随する棘(とげ)のような特徴が見られる。(c) 図1の想像図と(b)の観測を比較・対応させ、各部位の説明を重ねたもの。
Credit: (a), (b) ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), K. Tokuda et al, (c) ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)

Fig3-Tokuda-202404

図3: 交換型不安定性前後のガスと磁束分布の変化。くしゃみが起こる前は円盤の縁に磁場が拡散していき、降り積もってきたガスがさらに磁束を持ち込むため、円盤の端で相対的に磁場が強い場所ができる。円盤の縁に磁力が集中した際に重力中心の原始星から外側に向かう浮力が働き、突発的な爆発現象のようにして短時間で磁束が放出されます。

【用語解説】
(※1) 分子雲コア
宇宙空間には星の材料となる水素原子/分子を主成分としたガスが漂っています。その中で特に水素分子が豊富に存在する場所が分子雲です。さらに濃くなった場所は分子雲コアと呼ばれており、 いわゆる星の卵に相当します。これがさらに収縮することによって、太陽のような恒星が誕生します。

(※2) 磁気流体、磁束
分子雲コアのガスは部分的に電離しており、ガスは磁場とお互いに影響を及ぼしあいながら運動することが分かっています。このことをガスと磁場は(強く)結合しているといいます。また、この場合、磁場をひものように考えることができ、それらを束ねたものを磁束といいます。

(※3) アルマ望遠鏡
アルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計、Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA)は、欧州南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)がチリ共和国と協力して運用する国際的な天文観測施設です。アルマ望遠鏡の建設・運用費は、ESOと、NSFおよびその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾国家科学及技術委員会(NSTC)、NINSおよびその協力機関である台湾中央研究院(AS)と韓国天文宇宙科学研究院(KASI)によって分担されます。 アルマ望遠鏡の建設と運用は、ESOがその構成国を代表して、米国北東部大学連合(AUI)が管理する米国国立電波天文台が北米を代表して、日本の国立天文台が東アジアを代表して実施します。合同アルマ観測所(JAO)は、アルマ望遠鏡の建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行うことを目的とします。

(※4) 原始星円盤
分子雲コアは僅かに回転しているため、その回転軸に垂直な向きに円盤が形成されます。この円盤にある塵やガスが最終的に惑星の材料になります。円盤中は低温でガスの密度が濃いため、ガスの電離の度合いが非常に低くなっています。そのため、ガスと磁場はほとんどお互いに影響を及ぼしあいません。このことをガスと磁場は非常に弱く結合している、または結合が破れているといいます。そのため、ガスの運動とは独立に磁場はオーム散逸や両極性拡散という効果によって円盤中を広がっていきます。

(※5) 交換型不安定性
磁気流体不安定の一つで、磁場の強さとガスの密度(またはガスの圧力)の比が重力の方向に対して急激に変化すると起こります。今回のような星の赤ちゃんが誕生する現場では、原始星円盤の縁で磁力が急に変化し強い場所ができ、浮力と類似した機構によって磁束が円盤の外部へ放出されます。

【謝辞】
本研究はJSPS科研費 (JP18H05436, JP18H05437, JP20H01945, JP20H05645, JP21H00046, JP21H00049, JP21K03617, JP21K13962, JP23K03464, and JP23H00129)、国立天文台ALMA共同科学研究事業(2022-22B)の助成を受けたものです。

【論文情報】
掲載誌:The Astrophysical Journal
タイトル:Discovery of Asymmetric Spike-like Structures of 10 au Disk around the Very Low-luminosity Protostar Embedded in the Taurus Dense Core MC 27/L1521F with ALMA
著者名:Kazuki Tokuda, Naoto Harada, Mitsuki Omura, Tomoaki Matsumoto, Toshikazu Onishi, Kazuya Saigo, Ayumu Shoshi, Shingo Nozaki, Kengo Tachihara, Naofumi Fukaya, Yasuo Fukui, Shu-ichiro Inutsuka, Masahiro N. Machida
DOI:10.3847/1538-4357/ad2f9a

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