銀河の中の星工場―分子で見る繁忙期の製造ライン

国立天文台の原田ななせ助教、欧州南天天文台/合同アルマ観測所のセルヒオ・マーチン博士、米国国立電波天文台のジェフ・マンガム博士を中心とした国際研究チームは、アルマ望遠鏡を用いて銀河系外の爆発的に星を生み出している銀河NGC 253の中心部を観測し、100以上の分子種を検出しました。その解析により、NGC 253中心部には星の進化の様々な段階にある領域が混在している様子を、これまでになく詳細な形で描きました。また、得られた多数の分子種の分布図に機械学習の手法を適用し、従来、星の進化段階を知るための「指標」として使われてきた分子種に加え、いくつかの分子種が指標として使えることを明らかにしました。広い周波数範囲の観測時間を格段に短縮するアルマ2計画の後押しを受け、今後、より多くの指標分子の同時観測により、爆発的に星を生み出すメカニズムの理解が進むことが期待されます。
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図1 本探査で得られた知見に基づくスターバースト銀河NGC 253の中心部の想像図
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)

宇宙には、銀河系よりもはるかに高い頻度で星を生み出す「スターバースト」が起こっている銀河があります。爆発的に星を生み出したり、逆に抑制したりするしくみは、いまだよく分かっていません。星を作る材料となる分子ガスが雲のように集まった分子雲の中でも、特に分子ガスの密度の高い場所で星が生まれます。活発な星を生み出す活動(星形成)の後には、生まれたての高温の星や、死にゆく星の爆発(超新星爆発)が周囲にエネルギーを放出することにより、星形成は抑制される傾向にあります。

こうした星の進化の段階は、分子ガスの状態と密接な関係があると考えられ、分子ガスの状態もまた、さまざまな種類の分子の組成に影響しています。したがって、分子ガスの組成を調べることが、スターバーストのメカニズムを知るカギとなるのです。分子ガスの状態やその組成が異なると、放つ電波の周波数が異なります。様々な状態や種類の分子を調べるためには、広い周波数範囲の電波観測を行うことが有効です。

国立天文台の原田ななせ助教、欧州南天天文台/合同アルマ観測所のセルヒオ・マーチン博士、米国国立電波天文台のジェフ・マンガム博士を中心とした国際研究チームは、地球から約1000万光年という銀河系外で最も近い距離にあるスターバースト銀河NGC 253の中心部について、アルマ望遠鏡を用いて広い周波数範囲で様々な分子が放つ電波信号の観測(輝線探査)を行い、100以上の分子種を検出しました。これは銀河系外の天体としては、これまでで最高の数です。その中には、エタノールや窒化リンなど、銀河系外で初めて検出された分子もあります。その解析により、NGC 253中心部の星の進化段階を詳しく知ることに成功しました。なお、この探査は、ALCHEMIというアルマ・ラージプログラム(注1)として実施されました。このプログラム名は、ALMA Comprehensive High-resolution Extragalactic Molecular Inventoryの頭文字を取ったものであるとともに、錬金術を示す英語alchemyをもじったもので、種々の分子の組成を調べる「星間化学(アストロケミストリー)」という分野をアルマで行うプログラムです。

まず、研究チームは、NGC 253中心部の分子ガスの密度が高いことを見出しました。分子ガスの温度や密度が異なると、どの周波数の電波強度が高く、どの周波数が低いか、のパターンが異なるので、観測されたスペクトル(周波数ごとの電波強度)のパターンから分子ガスの密度を推定できます。NGC 253中心部における高密度ガスの量は銀河系中心部の10倍以上であることが分かりました。密度の高い場所で、効率よく重力が働いて分子ガスが凝縮し、星が生まれます。NGC 253の分子ガス量当たりの星形成の頻度が銀河系の30倍以上と、非常に高いのは、分子ガスの密度が高いことに起因している可能性が考えられます。

では、どのようにして高密度になったのでしょうか?分子雲を高密度に圧縮するメカニズムの1つが、分子雲の衝突です。NGC 253中心部のガスや星の流れが交差する領域付近で分子雲の衝突が起こる可能性があります。この衝突の現象も、分子ガスが放つ電波の観測で捉えることができます。衝突が起こると超音速で進む衝撃波が生じ、氷の微粒子の表面に凍結していたメタノールや二酸化炭素、イソシアン酸などの分子を蒸発させます。これらの分子はガスとして蒸発すると電波望遠鏡で観測できるようになります。本探査で、これらの分子種が観測されたことから、分子雲の衝突が起こっていると考えられ、それにより分子ガスの圧縮が起こっていると考えられます。このように、特定の分子種を検出することは、特定の現象や状態を示す「指標」となる場合があります。

また、本探査で、NGC 253中心部に複雑な有機分子が豊富にある領域が見つかりました。この領域では若い星の形成が活発に起こっていることが知られています。銀河系内では、複雑な有機分子は、若い星の周りに豊富に見られます。これらのことから、NGC 253で、活発な星形成が、銀河系の中の個々の若い星(原始星)の周りで見られるのと似たような高温、高密度環境を生成している可能性があります。
星形成を減速させるような、前の世代の星が残した過酷な環境も、本探査は明らかにしました。大質量星が一生を終えるとき、超新星爆発を起こし、高エネルギーの宇宙線を放出します。この宇宙線により多くのエネルギーが注ぎ込まれている場所では、ガスは凝縮しにくく、星を形成するのが難しくなります。このような過酷な環境の指標となるのは、水素分子が宇宙線によって電子を剥ぎ取られた結果生じるヒドロニウムなどです。本探査で得られた電波強度スペクトルから、太陽系近傍の少なくとも1000倍以上の速度で、宇宙線により分子の電子が剥ぎ取られている領域があることが分かりました。

こうして、アルマ望遠鏡の高空間分解能のおかげで、図2のように、NGC 253の中心領域に星の進化の様々な段階にある箇所が混在しているということを、ALCHEMIプロジェクトは世界で初めて明らかにしました。

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図2 (上)観測から得られたスペクトル。(下)ALCHEMIプロジェクトによる様々な指標分子の観測から見えてきた、NGC 253中心部の模式図。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), S. Martin, N. Harada, J. Holdship et al.

また、ALCHEMIプロジェクトにより、従来の銀河系外の天体の研究と比べてはるかに多くの分子種について、分布図を得ることができました(図3)。分布図に機械学習の手法を適用することにより、星の進化の各段階の指標として使える分子を探したところ、従来、指標として使われてきた分子種に加え、いくつかの分子種が指標として使えることを明らかにしました。すなわち、より多くの指標分子を同時観測することで、スターバーストのメカニズムの理解をさらに進展させる道筋をひらくことができました。ただし、それには広い周波数範囲の観測が必須であり、現状では観測にかなりの時間を要します。現在、アルマ2計画にて、一度に観測できる周波数範囲を広げる「広帯域感度アップグレード(WSU: Wideband Sensitivity Upgrade)」が進行中です。このアップグレードが完成すると、広い周波数範囲の観測に要する時間が格段に短縮されます。今回の成果とアルマ2計画により、広い周波数範囲の大規模探査によるスターバーストのメカニズムの理解が、今後、飛躍的に進むことにご期待ください。

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図3 ALCHEMIプロジェクトにより観測された、NGC 253中心部における種々の分子種の分布図。
青:分子ガスの全体的な分布、赤:衝撃波、オレンジ:比較的密度の濃い場所、
黄色:若い星形成、マゼンタ:より発達した星形成、水色:宇宙線の影響
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), N. Harada et al.

(注1)アルマ・ラージプログラム:50時間以上の長い観測時間を使いまとまった成果を出すことを目的としたプログラム

<論文情報>
• Harada et al. (ApJS, 2024) “The ALCHEMI atlas: principal component analysis reveals starburst evolution in NGC 253” 2024年3月15日出版 10.3847/1538-4365/ad1937
• Martin et al. (A&A 2021) “ALCHEMI, an ALMA Comprehensive High-resolution Extragalactic Molecular Inventory. Survey presentation and first results from the ACA array” 10.1051/0004-6361/202141567
• Tanaka et al. (ApJ 2024) “Volume Density Structure of the Central Molecular Zone NGC 253 through ALCHEMI Excitation Analysis” 10.3847/1538-4357/ad0e64
• Huang et al. (A&A 2023) “Reconstructing the shock history in the CMZ of NGC 253 with ALCHEMI” 10.1051/0004-6361/202245659
• Behrens et al. (ApJ 2022) “Tracing Interstellar Heating: An ALCHEMI Measurement of the HCN Isomers in NGC 253” 10.3847/1538-4357/ac91ce
• Harada et al. (ApJ 2022) “ALCHEMI Finds a “Shocking” Carbon Footprint in the Starburst Galaxy NGC 253″ 10.3847/1538-4357/ac8dfc
• Humire et al. (A&A 2022) “Methanol masers in NGC 253 with ALCHEMI” 10.1051/0004-6361/202243384
• Holdship et al. (A&A 2022) “Energizing Star Formation: The Cosmic-Ray Ionization Rate in NGC 253 Derived from ALCHEMI Measurements of H3O+ and SO” 10.3847/1538-4357/ac6753
• Haasler et al. (A&A 2022) “First extragalactic detection of a phosphorus-bearing molecule with ALCHEMI: Phosphorus nitride (PN)” 10.1051/0004-6361/202142032
• Harada et al. (2021 ApJ) “Starburst Energy Feedback Seen through HCO+/HOC+ Emission in NGC 253 from ALCHEMI” 10.3847/1538-4357/ac26b8
• Barrientos et al. (Experimental Astronomy 2021) “Towards the prediction of molecular parameters from astronomical emission lines using Neural Networks” 10.1007/s10686-021-09786-w
• Holdship et al. (A&A 2021) “The distribution and origin of C2H in NGC 253 from ALCHEMI” 10.1051/0004-6361/202141233
• Butterworth et al. (A&A in press) “Molecular isotopologue measurements toward super star clusters and the relation to their ages in NGC253 with ALCHEMI” 10.48550/arXiv.2402.10721

この研究は ALMA 共同科学研究事業 (2017-06B, 2020-15A, 2021-18A), ALMA Japan Research Grant of NAOJ ALMA Project(NAOJ-ALMA-30, NAOJ-ALMA-304); 日本学術振興会科学研究費補助金(課題番号17H06130, 18K13577, 19K03937, 20H00172, 21K03634); Ministry of Science and Technology in Taiwan (MOST 108-2112-M-001-015, 109-2112-M-001-020, and 111-2112-M-001-039); the European Research Council (ERC) (Advanced Grant MOPPEX 833460); the Comunidad de Madrid through the Atracción de Talento Investigador (Doctores con experiencia) Grant (COOL: Cosmic Origins Of Life; 2019-T1/TIC-15379); the Consejo Superior de Investigaciones Científicas (CSIC) and the Centro de Astrobi- ología (CAB) through the project 20225AT015 (Proyectos intra- murales especiales del CSIC); the Spanish Ministerio de Ciencia e Innovación( PID2019-106027GA-C44); the Spanish State Research Agency (AEI) through the project (ESP2017-86582-C4-1-R, PID2019-105552RB-C41, RYC2020-029387-I); the State Agency for Research of the Spanish MCIU (AYA2017-84390-C2-1-R), grant (co-funded by FEDER) and through the “Center of Excellence Severo Ochoa” award for the Instituto de Astrofísica de Andalucia (SEV-2017-0709); the Italian National Institute for Astrophysics (INAF) (PRIN-SKA 2017 program 1.05.01.88.04) の補助を受けて行われました。

アルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計、Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA)は、欧州南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)がチリ共和国と協力して運用する国際的な天文観測施設です。アルマ望遠鏡の建設・運用費は、ESOと、NSFおよびその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾国家科学及技術委員会(NSTC)、NINSおよびその協力機関である台湾中央研究院(AS)と韓国天文宇宙科学研究院(KASI)によって分担されます。 アルマ望遠鏡の建設と運用は、ESOがその構成国を代表して、米国北東部大学連合(AUI)が管理する米国国立電波天文台が北米を代表して、日本の国立天文台が東アジアを代表して実施します。合同アルマ観測所(JAO)は、アルマ望遠鏡の建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とします。

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