原始地球大気を調べる手がかり:土星の衛星タイタンにアクリロニトリルを発見

土星を回る衛星タイタンの大気は、研究者の注目の的です。窒素とメタンやエタンなどの炭化水素を主成分とする上に、さらに複雑な有機分子を含むからです。国際研究チームは、アルマ望遠鏡の観測データを丹念に調べ、タイタンの大気にアクリロニトリルが含まれていることを発見しました。もしもタイタン表面の条件が整っていれば、アクリロニトリルは細胞膜のような微小な球体を自然に作るかもしれない、と研究者たちは考えています。

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土星の衛星タイタンで見つかったアクリロニトリルの模式図。タイタンの画像は、探査機カッシーニが可視光で撮影した大気と赤外線で撮影した表面の画像を合成しています。
Credit: B. Saxton (NRAO/AUI/NSF); NASA

タイタンは土星最大の衛星であり、地球に似た天体としても有名です。タイタンは火星とほぼ同じ大きさで、その大気の成分は過去の地球大気と似ているのではないか、と惑星科学者は推測しています。タイタンを調べることは、40億年以上前、地球に最初の生命が誕生した時期よりももっと昔の地球大気を調べることにつながるかもしれません。

しかし、タイタンと地球では決定的に異なる点があります。タイタンは寒すぎるのです。タイタンは地球よりも10倍太陽から遠く、タイタンの表面ではメタン(CH4)が液体となって雨になり、メタンの川、メタンの湖を作っています。つまり、タイタンの川や湖は、有機物を豊富に含むということになります。このような環境にアクリロニトリルがあると、アクリロニトリルの分子が数多く連なることで、膜のような構造ができると考えている研究者がいます。地球の生命でいえば、細胞を取り囲む細胞膜のようなものです。

アメリカ航空宇宙局(NASA)ゴダード宇宙飛行センターのモーリン・パルマー氏らの研究チームは、アルマ望遠鏡のデータアーカイブから、2014年2月から5月のあいだに観測されたタイタンのデータを集めて解析しました [1] 。その結果、タイタンの大気にアクリロニトリル(C2H3CN、シアン化ビニールとも呼ばれる)が相当量含まれていることがわかりました。

「メタンが液体になるような環境にアクリロニトリルが存在しているということは、地球生命の発生に重要な役割を果たした化学反応が、タイタンでも起きうるということを示すものです」と、パルマー氏は語っています。

NASAの土星探査機カッシーニによる観測や、タイタンの大気を模した実験から、タイタンにアクリロニトリルが存在しているらしいことが示唆されていました。そしてアルマ望遠鏡による観測で、アクリロニトリルが間違いなく存在することが確認されたのです。

アルマ望遠鏡データアーカイブに格納されているデータを研究チームが詳しく調べた結果、アクリロニトリルが出す波長およそ1.3mmの電波輝線が3本含まれていることが明らかになりました。そして、アクリロニトリルがタイタン表面から200km以上の領域に分布していることもわかりました。

タイタンの大気中では、太陽光と土星のまわりの高エネルギー粒子をエネルギー源として、さまざまな化学反応が起きています。つまり、単純な有機分子がより複雑で大きな有機分子に変身しているのです。

「タイタンの大気で起きている化学反応の理解が進むにつれて、複雑な有機分子も自然に合成されることが明らかになってきました。初期の地球大気でもおなじことが起きたでしょう。しかし、大きな違いもあります。」と、共同研究者のマーティン・コーディナー氏(NASAゴダード宇宙飛行センター)は語っています。

たとえば、タイタンは形成された時から一貫して地球よりもずっと低温の環境にさらされました。タイタンの温度はおよそマイナス180度であり、水が表面にあったとしても凍ってしまいます。地学研究から、初期の地球大気は二酸化炭素を豊富に含んでいたとされていますが、タイタンではその証拠がありません。地球の表面は火山や隕石衝突などによって活動的な状態にあり、これが大気の進化に影響を及ぼしたと考えられます。一方、タイタンの氷の地表は非常に穏やかに見えます。

パルマー氏は、次のようにコメントしています。「私たちは、今後もアルマ望遠鏡を使ってタイタンの大気をより詳しく調べる予定です。これまで見つかっていないもっと複雑な有機分子を探すと同時に、タイタンの大気循環を調べるのです。将来的には、この興味深い天体をさらに高い解像度で観測し、生命発生にかかわる化学反応にタイタンが適しているのかどうかも明らかにしたいと思っています。」

論文・研究チーム
この研究成果は、Palmer et al. “ALMA Detection and Astrobiological Potential of Vinyl Cyanide on Titan”として、2017年7月28日付の科学雑誌「サイエンス・アドバンシズ」に掲載されました。

この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
Maureen Y. Palmer(NASAゴダード宇宙飛行センター、セントオラフカレッジ、アメリカ・カトリック大学) Martin A. Cordiner(NASAゴダード宇宙飛行センター、アメリカ・カトリック大学)、Conor A. Nixon(NASAゴダード宇宙飛行センター)、Steven B. Charnley(NASAゴダード宇宙飛行センター)、Nicholas A. Teanby(ブリストル大学) Zbigniew Kisiel(ポーランド科学アカデミー物理学研究所)、 Patrick G. J. Irwin(オックスフォード大学)、Michael J. Mumma(NASAゴダード宇宙飛行センター)


 
1 タイタンは電波が強いため、アルマ望遠鏡では電波強度を校正するための天体としてよく使われます。銀河や惑星誕生領域など、別種の天体を観測するときにタイタンも一緒に観測するのです。ほかの天体の研究者にとって、校正天体はデータ処理の途中で使うだけで、そのデータを詳しく分析することはありません。今回研究チームはこうしたデータをデータアーカイブから拾い上げ、詳しく解析して今回の発見に至りました。

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