アルマ望遠鏡を支える人々③  電波のデータを画像化する「仕事人」・データ解析の業務とは

世界中の天文学者が利用するアルマ望遠鏡。得られたデータは、まずアルマ望遠鏡運用チームの専門家たちが処理を行い、処理済みのデータや電波画像が天文学者に渡されます。料理で言えば、食材の下ごしらえを運用チームが肩代わりしているようなもの。だからこそ、データを受け取る天文学者はわずらわしい処理から解放されて、データに秘められた宇宙の謎とじっくり向き合えるのです。今回は、日本のデータ解析チームをまとめる国立天文台の永井洋 特任准教授に、アルマ望遠鏡の素晴らしい研究成果を支えるその舞台裏について聞きました (注:インタビュー当時。現在は 中西康一郎 特任准教授がデータ解析リーダーを務めています) 。

「電波で見る」って、いったいどういうこと?

── 非常に初歩的な疑問なのですが、「電波で見る」とか「電波を見る」とはどういうことなのか、よくわからないのですが……。

永井:よくそういう質問をされます。たしかに一般の方には、けっこうハードルが高いことですよね。

 

永井洋 国立天文台チリ観測所特任准教授

永井洋 国立天文台チリ観測所特任准教授
Credit:国立天文台


 

── 何となく、電波は「聞く」ものじゃないのかな、と思ってしまいます

永井:携帯電話やラジオの電波をイメージすると、「聞く」ものに思えますよね。それから、昔の映画の『コンタクト』でも、主人公が宇宙からの電波を聞いている場面がありました。

 

── ジョディ・フォスターが主人公の天文学者の役で出演したSF映画ですね。

永井:ええ。主人公は地球外文明が出している電波の信号を受信して、それをヘッドフォンで聞いているんです。でも、私たち電波天文学者は、実際は電波を聞いていませんから(笑)。

 

── では、実際にはどんなことをしているのですか?

永井:いったん電波望遠鏡から離れて、考えてみましょう。私たちの目やカメラでものを「見る」とき、そこで得ている情報は、基本的には2つです。それは「光の強さ」の情報と、「色」の情報です。色とは、専門的にいえば「光の波長」のことです。
 で、色のことは忘れて、白黒写真を撮ったようなケースを考えると、その写真のピクセルごとに、光の強さを白黒の濃淡として表したもの、これが画像となります。電波で観測することも、これと何ら変わりがなくて、宇宙からやってくる電波の強弱を画像として可視化しているのです。電波は我々の目には見えないので、それがどういう色を持っているかはわかりませんが、その電波の強さをピクセルごとに白黒の強度で表していったものが、いわゆる電波画像になります。
 

すばる望遠鏡が撮影した渦巻銀河の写真

すばる望遠鏡が撮影した渦巻銀河の写真。一部を拡大すると、ピクセルが見えてきます。この濃淡が、光の強弱を表しています。
Credit: 国立天文台

 

──たしかにこれは、目に見える光の場合と同じですね。よくわかります。

永井:あと、色の違いというのは、先ほども言ったように波長の違いのことですが、それは電波でも同じです。そして電波望遠鏡の役割は、宇宙からやってくる電波の強弱と、色に相当する電波の波長を測って、それを2次元の画像にする、というものです。

 

──電波で見る、ということの意味はだいぶわかったように思います。

永井:とはいえ、望遠鏡で受信した電波のデータを画像にするためには、いろいろな工夫がいります。特に、アルマ望遠鏡は最大で66台のパラボラアンテナを組み合わせて、仮想的な1つの巨大望遠鏡にする「干渉計」という方式の電波望遠鏡であるために、データの取り扱いがとても複雑になります。そこで、受信したデータにさまざまな処理を施し画像にする作業を、私たち解析チームがおこなっています。

 

データ解析チームがアルマ望遠鏡の成果を最大化する

──アルマでは、望遠鏡で得られたデータを解析部門のみなさんが処理して、画像にまで作り上げて研究者の方に渡す、という体制をとっていますが、他の望遠鏡はどうなんですか?

永井:すべての観測データを処理して研究者に渡しているのは、今のところアルマだけでしょう。少なくとも電波望遠鏡ではほかにないと思います。アルマ以外では、基本的には望遠鏡でとった生データをそのまま観測提案者に送って「はい、観測しました。あとはがんばって分析してください、Good luck!」みたいな感じです(笑)。

 

──それをアルマでは画像化までして渡しているのは、なぜですか?

永井:望遠鏡の生データと解析済みのデータとは、マグロ1尾と、それが切り身になったものの違いです。マグロが1尾丸ごと、家にドーンと送られてきても、どう料理すればいいのかわからない人が多いですよね。でも切り身になっていれば、それを使ってそれぞれが料理を作れます。ですから、マグロをさばくところを、我々がおこなっているのです。

 

──マグロのたとえは、とてもわかりやすいです!

永井:アルマの生データは、電波干渉計のエキスパート以外の人が扱うのはけっこう大変です。そのため「観測したけれど、質がいまひとつで論文にならなかった」とか「画像の作り方がわからなくて、あるいは上手くできず、論文が書けなかった」ということも起きかねません。そういう事態を減らし、電波干渉計のエキスパート以外でもアルマを使ってもらいやすくすることが、狙いのひとつです。
 それから、観測提案者だけでなく、より多くの研究者にデータを有効利用してもらうためには、生データではなく解析済みのデータをアーカイブしておくことが大事になります。

 

──当然、解析済みのデータのほうが、他の研究者も使いやすいですよね。

永井:アルマに投入されたお金は非常に高額なので、とられたデータが有効利用される、より多くの研究者に使ってもらえることが大事です。すでに画像化までされた観測データがアーカイブにあれば、他の人もすぐに研究にとりかかれますよね。貴重な観測データがより多くの人に使われて、科学的成果がより多く生み出されるということが重要だ、というのがアルマの根本的な考えとしてあるのだと思います。

 

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Credit: 国立天文台

 

観測したデータの「較正」のしかた

── データ解析チームが行っているのは、具体的にはどんなことですか?

永井:まずは、データの較正から始めます。較正というのは、データの修正、ということです。英語では「キャリブレーション(calibration)」といいます。たとえば、干渉計ではアンテナAで受信した電波のデータと、離れた場所にあるアンテナBで受信した電波のデータを重ね合わせる、専門用語では「相関」をとる、ということをおこないます。2つのアンテナで同じ時刻に受信した電波同士を重ね合わせるのですが、アンテナBの上空に雲がかかっていると、水蒸気の中を進む電波はわずかに遅れてアンテナに届きます。そこで、電波がどのくらい遅れたのか、その時間差を計算してデータを補正する、これが較正の1つです。

 

──電波が雲の中を通ってきた、というのは、どのようにして調べるのですか?

永井: いろいろな方法がありますね。たとえば、アンテナに搭載されている「水蒸気ラジオメータ」という装置を使う方法があります。水蒸気ラジオメータは、水蒸気が出す電波を観測して、空にどれくらい水蒸気があるのかを測る装置です。このデータを使って、電波の遅れを補正します。他には、実際に天体を観測してその結果から電波の遅れを調べる方法もあります。電波が遅れると、天体の像がボケるんです。電波が強くて点にしか見えないような天体を実際に観測して、その画像をもとにボケを修正することができます。カメラのオートフォーカスと似ているかもしれませんが、電波干渉計の場合は観測中ではなくデータ較正の段階であとから補正できるんです。

 

水蒸気による電波のゆがみのイラスト

水蒸気のかたまりが空に浮かんでいると、そこを通る電波が少しだけ遅れます。そうすると、たくさんのアンテナからの電波の重ね合わせがうまくいかず、画像がゆがんでしまいます(このイラストでは、やや大げさに表現しています)。
Credit: 国立天文台


 

──電波の遅れを調べること以外の較正もあるんですか?

永井:電波の強度の較正も行います。天体からどんな強さの電波が来たのかを決めるのは、じつはそう簡単ではないのです。アルマ望遠鏡のシステムは非常に巨大で複雑で、その複雑な信号経路を全部たどってきた結果を我々は記録しています。ですが天文学者が欲しいのは、望遠鏡を介す前に天体からの電波が一体どのくらいの強さとしてやって来たのか、ということです。もし時間をおいて観測された同じ天体の電波の強さが違っていた時、天体が出す電波の強さが本当に変わったためなのか、それとも天気や望遠鏡の状態によるものだったのかを、切り分けないといけません。
 

──どのようにして区別するのですか?

永井:たとえば、あらかじめ電波の強さがわかっている天体、標準的な「較正源」といいますが、それを観測しておいて、それを基準にして、観測目標の天体からの電波がどれぐらいの強度だったのかを後で較正する、といったことをおこなっています。

 

画像の色付けはどうやっている?

──アルマで受信したデータを較正して、その後でいよいよ画像にするのですね?

永井:そうです。画像にする作業も、我々のチームでおこなっています。

 

──先ほど、電波は私たちの目に見えないので、どういう色を持っているかわからない、と伺いました。でも、プレスリリースなどで公開されている画像には、きれいな色が付いていますよね。あれは、どのように色付けしているのですか?

永井:じつは色付けに、ルールのようなものは特にないんですね。可視化するソフトウェアが用いている、標準的な色の当て方というのがあるのですが、基本的にはそれにならっているだけです。

 
──そうなのですか。標準的な色の当て方というのは、目に見える光と同じように、電波の波長が長いものは赤っぽい色を付けて、逆に電波の波長が短いものは青っぽい色を付ける、というものですか?

永井:波長の違いで色分けをすることは、そんなに多くありませんね。「レインボーカラー」という色付けをよくおこないますが、これは電波の波長の違いではなく、電波の強度の違いで色分けをしています。電波が強いほど赤く、弱いほど紫色になるような色付けです。

 
──研究者は見た目の色をあまり気にしない、ということでしょうか?

永井:ええ。研究者は電波の強度の違いを見たい場合が多いので、見栄えはそんなに気にせずに、強度の差がちゃんとわかるように、レインボーカラーをよく使います。ただ私たち解析チームが作る画像というのは、使う研究者が何色にでも色付けできるようなデータ形式になっています。

 
──一般の方に向けたプレスリリース用の画像は、それとはまた別の色付けをしているのですか?

永井:そうですね。プレスリリース用の場合は、もう少し見栄えを意識したものにすることが多いですね。
 

おうし座HL星のデータ

アルマ望遠鏡が撮影したおうし座HL星のデータをさまざまな色で表現してみました。画像の利用目的や強調したいところの違いなどによって、さまざまな色付けが可能です。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)


 

解析を自動で行う「パイプライン」が走り出す

──データの較正や画像化の作業は、観測ごとに人の手で、マニュアルでおこなっているのですか?

永井:じつは、自動で較正や画像化をしてくれる「パイプライン」というしくみもあります。
 

──ソフトウェアの名前ですか?

永井:ソフトというよりも、「しくみ」という言い方のほうが適切ですかね。生データを入り口から投入したら、較正から画像化までされて出てくる、というところからパイプラインと名づけられています。
 でも、当初はこのしくみがなかなかうまく機能しなくて、マニュアル作業が多くなってしまい、観測提案者にデータを渡すのに長い時間がかかってしまう状況が続いてしまっていました。

 

──それは大変でしたね。

永井:当時は相当苦労したのですが、ここ1年くらいで状況は劇的に改善されました。パイプラインの開発が進展して、だいぶ順調に動くようになったので、当初おこなっていたマニュアル作業はかなり軽減されたんです。

 

──解析作業は地域ごとにおこなわれているのですか?

永井:はい、チリと東アジア・北米・ヨーロッパの各地域のそれぞれでおこなっています。

 

世界最先端の望遠鏡を担う誇りを胸に

──データ解析のお仕事は、ご苦労も多いと思いますが、どんな魅力がありますか?

永井:アルマという世界最先端の望遠鏡で、いまどんどん成果が生み出されていて、宇宙の謎が解き明かされてきています。その中で、我々の努力によってデータの品質がちゃんと保証された形で世に出ていくということが、とても重要だなということは日々感じていますので、そこはデータ解析の仕事をやっていて良かったなと思いますね、報われるところです。データ解析の仕事をおこなうには、電波干渉計に関するかなり深い理解が必要になりますので、プロフェッショナルとしてそこに寄与しているということが、データ解析に携わっている東アジア地域センターのメンバー全員が誇っていること

 

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Credit:国立天文台


 

──まさにプロのお仕事、プロの気概ですね。

永井:あとは、知り合いが非常に増えましたね。アルマを使う研究者の層には、いろいろなバラエティがあります。これまでは自分の専門分野の人としか触れ合う機会がありませんでしたが、自分の研究分野とはまったく違う人との接点が、これを機に増えました。違う専門分野の人から、データ解析のことについて訊かれることも多くなりましたね。それがもとで、共同研究に発展することも出てきましたので、とてもよかったかなと思います。

 

──永井さんのご専門は、ブラックホールの研究だと伺いました。

永井:そうです。大質量ブラックホールのジェット現象を電波で観測するというのが専門分野です。

 

──そうすると、データ解析の業務がすべてチリに集約されたら、その後はまたご専門の研究に戻られたいというお考えですか?

永井:研究者は研究がしたい生き物なので、100パーセント研究に没頭できればいいなあ、とは思います。一方で、天文学が発展していくためには、今後もアルマのような巨大なプロジェクトがなくてはならないと思いますので、それをどう作っていくか、どう運用していくかという観点でも、人材が必要なことは間違いありません。ですから、せっかくアルマに携わることができたので、天文学の発展に寄与できる形で、これまでの経験を今後生かしていけたらいいかな、と思っています。その中で、うまく自分の研究とマッチさせて、少しずつ時間を見つけて研究ができれば最高ですね。

永井洋 (国立天文台チリ観測所 特任准教授)

永井洋 (国立天文台チリ観測所 特任准教授)

2007年、総合研究大学院大学にて博士号を取得。銀河の中心にある超巨大ブラックホールの周辺や、そこから噴き出す高速のガス流(ジェット)の観測的研究を専門とする。学位取得後は国立天文台や宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所での研究を経て、2011年に国立天文台のアルマ望遠鏡プロジェクトに参加。アルマ望遠鏡を使った偏波観測の性能実証に大きく貢献し、国立天文台長賞を受賞。2014年から2017年まで、東アジアのアルマ望遠鏡データ解析チームのまとめ役として、数々の科学的成果の創出をチームメンバーとともに支えた。現在は、東アジア地域センターマネージャー(臨時)として、科学運用とユーザーサポート全体のとりまとめを行っている。

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