アルマ望遠鏡、赤ちゃん星のまわりに生命の構成要素を発見

デンマーク、ニールス・ボーア研究所のジェス・ジョーゲンセン氏らの研究チームは、アルマ望遠鏡を使った観測により、若い太陽のような星のまわりに糖類分子を発見しました。このような星のまわりに糖類分子が見つかったのは初めてのことです。この発見は、生命の構成要素となるような物質がこれから作られる惑星に取り込まれていくうえで適切な場所、適切な時期に確かに存在していることを示しています。

研究グループが見つけたのはグリコールアルデヒドという物質で、糖類の中では最も単純な構造をしています [1] 。グリコールアルデヒドが見つかったのは、IRAS 16293-2422という名前の、太陽と同じくらいの質量の星ふたつからなる連星系です。グリコールアルデヒドそのものはこれまでにも宇宙で発見されていましたが [2] 、これから惑星が作られていくような若い星のまわりで見つかったのは今回が初めてのことです。グリコールアルデヒドが見つかった場所は、中心の星からの距離が太陽系では天王星の軌道(28億7000万km)ほどの距離のところです。そこはまさに惑星がこれから作られていく場所であり [3] 、そのような場所に生命の構成要素となるような物質が発見されたことは大きな意味を持ちます。

WISEによるへびつかい座領域の赤外線画像とグリコールアルデヒド分子のイメージイラスト

WISEによるへびつかい座領域の赤外線画像とグリコールアルデヒド分子のイメージイラスト

Credit: ESO/L. Calçada & NASA/JPL-Caltech/WISE Team

WISEによるへびつかい座領域の赤外線画像のみ

Credit: NASA/JPL-Caltech/WISE Team

グリコールアルデヒド分子のイメージイラストのみ

Credit: ESO/L. Calçada

上の画像は、NASAの赤外線観測衛星WISEが撮影した、へびつかい座ロー星領域です。IRAS 16293-2422は図中に示した四角の中央に位置する赤い天体です。また、グリコールアルデヒド分子(C2H4O2)のイメージイラストも挿入しています。このイラストでは、炭素原子を灰色、酸素原子を赤、水素原子を白で表現しています。

WISEによる赤外線画像では、恒星が放つ波長3.4マイクロメートルと4.6マイクロメートルの赤外線を青色と青緑色に、塵が放つ波長12マイクロメートルと22マイクロメートルの赤外線を緑色と赤色に割り当てて疑似カラー画像を合成しています。

「生まれたばかりの星のまわりには、ガスや塵が環を作って回っています。その中に、私たちは単純な糖類であるグリコールアルデヒドを見つけました。この物質は、私たちが普段コーヒーに入れている砂糖とそれほど違わないものです。」と、この研究グループのリーダーであるジェス・ジョーゲンセン氏は語ります。「この分子は、生命の起源に密接にかかわるRNAの構成要素の一つでもあります。」

今回の発見にはアルマ望遠鏡の高い感度が存分に活かされました。これまで観測の難しかった波長の短い電波を、しかもアルマ望遠鏡の一部のアンテナだけを使った科学評価観測 [4] の段階で検出できたことから、アルマ望遠鏡の素晴らしい性能がうかがえます。

「今回の発見でさらに驚いたことは、発見したグリコールアルデヒドが連星系を構成するひとつの星に向かって落下している様子がとらえられたことです。」と、研究グループのセシル・ファブレ氏(デンマーク、オーフス大学)は語っています。「これはつまり、単に惑星が作られる場所に糖類分子が見つかっただけでなく、その糖類分子が惑星に降り積もっていく可能性が十分にあるということを示しているのです。」

星や惑星の材料となるガスや塵の雲は非常に低温 [5] であり、多くのガス分子は塵の表面に氷となって付着します。宇宙空間は希薄なため、分子同士が宇宙を漂っているときに出会って化学反応を起こすことは極めてまれですが、塵の表面には様々な分子が集まってくるため、多様な化学反応が起こって複雑な分子が作られるのです。このような塵やガスを大量に含む低温の雲の中心で星が生まれると、その星が発する光によって雲の温度が上がり、塵の表面で作られたいろいろな分子が蒸発します。こうして雲の中を漂うようになった分子からは電波が放出されており、アルマ望遠鏡のような高い感度を持つ望遠鏡を使えばこの電波をとらえることができるのです。

IRAS 16293-2422は、地球から400光年の位置にあります。生まれたばかりの星としては比較的地球に近い位置にあるため、これまでも多くの天文学者がこの星のまわりにある分子ガスやそこでの化学反応を研究してきました。高い性能を持つアルマ望遠鏡を使えば、このような星のまわりで惑星が作られているところをこれまでにない高い精度で観測をすることができます。

「残る大きな疑問は、星のまわりをまわるガスが惑星に取り込まれてしまうまでに、どれくらい複雑な分子が作られるのか?ということです。このことは地球以外の惑星でどのように生命が作られるか、ということを考えるヒントになるでしょうし、この謎に迫るうえでアルマ望遠鏡の観測は欠かせないものになるでしょう。」とジェス・ジョーゲンセン氏はアルマ望遠鏡に大きな期待を寄せています。


論文に関する情報
この研究は、Jes Jørgensen et al.著 “Detection of the simplest sugar, glycolaldehyde, in a solar-type protostar with ALMA”として、アストロフィジカル・ジャーナル・レター誌に掲載されます。

今回の研究を行ったグループのメンバーは以下の通りです。
Jes K. Jorgensen (University of Copenhagen, Denmark), Cecile Favre (Aarhus University, Denmark), Suzanne E. Bisschop (University of Copenhagen), Tyler L. Bourke (Harvard-Smithsonian Center for Astrophysics, Cambridge, USA), Ewine F. van Dishoeck (Leiden Observatory, The Netherlands; Max-Planck Institut fur extraterrestrische Physik, Garching, Germany), Markus Schmalzl (Leiden Observatory).

アルマ望遠鏡
アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(ALMA)は、ヨーロッパ、東アジア、北米がチリ共和国と協力して建設する国際天文施設である。ALMAの建設費は、ヨーロッパではヨーロッパ南天天文台(ESO)によって、東アジアでは日本自然科学研究機構(NINS)およびその協力機関である台湾中央研究院(AS)によって、北米では米国国立科学財団(NSF)ならびにその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾行政院国家科学委員会(NSC)によって分担される。ALMAの建設と運用は、ヨーロッパを代表するESO、東アジアを代表する日本国立天文台(NAOJ)、北米を代表する米国国立電波天文台(NRAO)が実施する(NRAOは米国北東部大学連合(AUI)によって管理される)。合同ALMA観測所(JAO)は、ALMAの建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とする。


 
1 「糖」という言葉は、小さな炭水化物分子(炭素、水素、酸素を含む分子で、多くの場合水素原子と酸素原子の数の比が2:1になっている)一般を指します。グリコールアルデヒドの化学式はC2H4O2です。食品や飲料に一般的に使われる砂糖はスクロースといい、グリコールアルデヒドよりも大きな分子です。
2 グリコールアルデヒドは、これまで宇宙の2か所で見つかっています。米国科学財団のキットピーク12m電波望遠鏡を使った観測により、私たちの住む天の川銀河の中心近くにあるいて座B2分子雲で2000年に初めて検出され、また、同じく全米科学財団のロバート・C・バード・グリーンバンク望遠鏡でも2004年に確認されています 。また、フランスのIRAMプラトー・デ・ビュール電波干渉計により、太陽よりずっと質量の大きな星が作られているG31.41+0.31領域で2008年にグリコールアルデヒドが検出されています。
3 宇宙からやってくる様々な電波の中からグリコールアルデヒドが放つ電波を見つけることは容易ではありません。あらかじめグリコールアルデヒドが放つ電波の周波数を実験室で精密に測定しておき、これと宇宙から来る電波を比較することで、グリコールアルデヒドが放つ電波を同定します。IRAS 16293-2422の周囲には、グリコールアルデヒドの他にも数多くの複雑な有機分子、例えばエチレングリコールやギ酸メチル 、エタノール分子が存在していることがこれまでの観測で判明しています。
4 アルマ望遠鏡の初期科学運用は、観測準備の整った16台のパラボラアンテナを用いて2011年9月に開始されました(プレスリリース:「アルマ望遠鏡、ついに開眼! – 初めての科学観測を開始 -」)。この初期科学運用や今後の本格運用に向けて、アルマ望遠鏡の性能が期待通りに出ているかどうかを確認する「科学評価観測」が続けられています。この科学評価観測で取得されたデータは一般に公開されており、今回の研究成果もこの公開データに基づいたものです。アルマ望遠鏡の本格観測は2012年度中に開始される予定であり、最終的には66台のパラボラアンテナをつなげて一つの巨大な電波望遠鏡として使うことが可能になります。
5 宇宙にあるガスの温度は典型的には絶対温度で10度、摂氏マイナス263度程度です。

 

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