アルマ望遠鏡によってもたらされた重力レンズ銀河SDP.81の衝撃的な画像に隠されたかすかなゆがみ。それは、約40億光年彼方に潜む暗い矮小銀河の確かな証拠でした。この発見はアルマにとって、より多くの同種の天体の発見に通ずる新たな道を示すものであり、研究者がダークマター(暗黒物質)の本質に挑む手助けとなります。
2014年のアルマ望遠鏡長基線試験観測キャンペーンで、研究者は望遠鏡の高解像度観測性能をテストすべく、様々な種類の天体を観測しました。それら試験的な画像の一つが、アインシュタイン・リングです。手前にある重い銀河によって、117億光年彼方の別の銀河から発せられた光が曲げられています。(2015年4月7日付プレスリリース:アルマ望遠鏡、遠方銀河と小惑星を超高解像度で撮影)
この「重力レンズ効果」と呼ばれる現象は、アインシュタインの一般相対性理論によって予言されたもので、遠すぎて他の方法では観測できない銀河を研究する強力な道具になりえるものです。そして遠くの銀河のゆがみ方を調べることで、レンズとなる手前の銀河の性質を探ることもできます。
「アストロフィジカル・ジャーナル」に掲載された新しい論文で、ヤーシャ・ヘザベア氏(米国・スタンフォード大学)の研究チームは、今や有名になったSDP.81の画像を詳細に解析することによって、より手前の銀河の周辺部に隠れた暗い矮小銀河の存在を明らかにしました。
「私たちは、窓についた雨のしずくを見るのと同じようにして、見えない物を見つけることができました。窓についた雨のしずくはそれ自身は見えませんが、外の景色をゆがませることでそこにあることがわかります」と、ヘザベア氏は説明します。雨のしずくの場合は、光の屈折によって像がゆがみますが、宇宙ではダークマターの重力の影響によって同様のゆがみが発生します。
現在の理論では、宇宙全体の質量の80%を占めるダークマターは、未だ特定されていない粒子で構成され、可視光や他の電磁波と相互作用しない、つまり電磁波では見えないと考えられています。しかしながらダークマターはかなりの質量があるため、重力の影響を調べることによってその存在に迫ることができます。
研究チームは、米国国立科学財団(NSF) の最も強力なスーパー・コンピュータ-であるブルー・ウォーターを含む何千ものコンピューターを数週間動かし、アルマ望遠鏡のデータに含まれる「ゆがみ」を見つけるための解析を行ないました。アルマ望遠鏡は一度に幅広い周波数でデータを取ることができますが、複数の周波数にまたがって存在する微かな信号を探し出すのです。この解析から彼らは、手前にある銀河のハロー(銀河の周囲に広がる希薄で星がほとんどない領域)の構造についてかつてないほど詳しい情報を得ることができました。その結果として、私たちが住む銀河系の1/1000に満たない質量しかない特異な天体を発見しました。
より大きな銀河との関係や、その推定質量から、今回の解析で発見された重力的なゆがみは手前にある銀河の伴銀河によるものだろうと研究者は考えています。しかしこの伴銀河は、光で見える対応天体がないことを考えると、主にダークマターで構成される極めて暗い銀河と考えられます。ほとんどの銀河は似たような矮小銀河や他の伴銀河であふれていると理論的に予測されています。しかしながら、それを検出するのは簡単ではないことも知られています。。私たちの銀河系内でさえ、存在が予測されている数千の矮小天体のうちのたった40個程度しか、研究者は発見できていないのです。
「矮小天体が豊富に存在すると予測されているにもかかわらず実際に観測された数が少ないという不一致は、ここ20年間の宇宙論の代表的な問題で、『危機』と呼ぶ研究者さえいます」と、研究チームのニール・ダラル氏(米国・イリノイ大学)は言います。「もしこれら矮小天体の主成分がダークマターだとしたら、この不一致を説明できるかもしれません。さらに、ダークマターの真の性質を理解する新たな手掛かりにもなるでしょう」と、彼は補足します。
コンピューターによる宇宙進化モデルは、ダークマターの「密集度」をはかることで、その温度を測定できることを示しています(注)。遠くの銀河の周りにある小さなダークマターの塊の数を数えることでダークマターの温度を推測でき、それは私たちの宇宙がいかに進化してきたかを解明するための重要な情報になります。
論文の共著者のダニエル・マローン氏(米国・アリゾナ大学)は次のように語っています。「もしこれらハローの物体がそこになかったとしたら、私たちの現在のダークマター理論は間違っており、ダークマター粒子を理解するためには、考えを改めなければなりません。」
この研究は、矮小銀河のうちの大多数は目に見えないダークマターが主成分であるためにほとんど光を発せず、そのせいで単に見えないだけで実際には存在しているということを示しています。「我々の現在の測定は、コールド・ダークマターの予測に合致します。」チームメンバーのギルバート・ホルダー氏(カナダ・マギル大学)は続けます、「しかし我々の確信をより確かなものにするには、多くの他の銀河を観測する必要があります。」
「これは、アルマ望遠鏡のパワーを発揮した驚くべき実例です」と、ヘザベア氏は言います。「これは始まりに過ぎません。私たちはアルマが効率よく矮小銀河を見つけてくれることを確信しています。私たちの次のステップは、より多くの同じような天体を探し、その統計調査をすることです。そして、ダークマター粒子が温かい温度である可能性があるかどうかを明らかにしたいのです。」
【2016年5月19日 追記】
一方でこのわずかなゆがみの原因は、レンズとなる手前の銀河に付随する矮小銀河とは限らない、と考えている研究者もいます。近畿大学の井上開輝准教授をはじめとする研究グループは同じくSDP.81のデータを用いて、その明るさと位置のずれを詳細に解析しました。その結果、中心の銀河の重力だけでは説明できないごくわずかな像のゆがみを発見しました。そのゆがみを作るには、天体による「凸レンズ」の効果だけでなく、「凹レンズ」の効果も必要であることがわかりました。そこで井上氏らは、重力レンズで引き伸ばされている遠方の銀河(距離117億光年)と私たちの間に満ちるダークマターの分布にムラがあり、密度の低い領域が凹レンズとしてはたらいていると結論づけました。こうしたダークマターのムラの存在は、コンピュータシミュレーションで予測されていたものです。
今回発見したわずかなゆがみが、見えない銀河によるものか暗黒物質の低密度領域によるものかは、現時点では結論が得られていません。この謎を解くためには、アルマ望遠鏡以外の望遠鏡を用いた観測、たとえば銀河間空間に存在する希薄なガスによる電波の吸収線の観測なども実行する必要があることでしょう。
この研究成果は、Hezaveh et al. “Detection of lensing substructure using ALMA observations of the dusty galaxy SDP.81” として2016年4月発行の米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に、またInoue et al. “ALMA imprint of intergalactic dark structures in the gravitational lens SDP.81″として2016年2月発行の英国王立天文学会誌に、それぞれ掲載されました。
注: 物理学では温度は物質を構成する粒子の運動速度を反映していると考え、高速で動くものほど高温と呼びます。ダークマターの場合は、光速に近い速度で運動するものをホット・ダークマター、それよりずっと遅く運動するものをコールド・ダークマター、中間の速度を持つものをウォーム・ダークマターと呼びます。理論的には、宇宙初期にダークマターが持っていた速度(温度)の大小によってその後の宇宙の構造形成が左右されると考えられているため、ダークマターの速度を知ることは宇宙の進化過程を理解する上で重要です。またダークマターの速度から、ダークマターの正体にも迫ることができます。
映像. アルマ望遠鏡によるSDP.81の観測画像の解析結果。
手前にある銀河(青)がまるでレンズのように作用し、遠方銀河(赤)がゆがんで円形に見えるイメージ映像です。手前の銀河に付随する矮小銀河の重力によって、円弧にわずかなゆがみが生じています。研究者はこのわずかなゆがみから、暗く見えない矮小銀河を発見するに至りました。
Credit: Y. Hezaveh, Stanford Univ.; ALMA (NRAO/ESO/NAOJ)
下の画像は、手前にある重い銀河(中央の青い天体)の重力レンズ効果によってゆがんだ遠方銀河SDP.81(赤い円弧)のイメージ画像です。左側の円弧のすぐ近くに、今回発見された矮小銀河を白く描いています。
Credit: Y. Hezaveh, Stanford Univ.; ALMA (NRAO/ESO/NAOJ);