アルマ望遠鏡、海王星の赤道に横たわる「シアン化水素」の帯を世界で初めて発見

東京大学情報基盤センターの飯野孝浩特任准教授らの研究グループは、太陽系で最も遠くにある惑星「海王星」をアルマ望遠鏡で観測し、その大気に含まれる有毒ガスの一種であるシアン化水素を検出しました。シアン化水素が成層圏に存在することは過去の観測から知られていましたが、今回の観測では、シアン化水素が赤道上の成層圏に帯状に分布していることを世界で初めて明らかにしました。シアン化水素の濃度が高いところに向かって大気の流れがあると考えられるため、海王星の南半球では、南緯60度付近で上昇し、赤道と南極で下降する大気の流れ(循環)が存在する可能性が高いと考えられます。本研究では、太陽系最遠方の惑星においても、最先端の地上望遠鏡と解析技術を組み合わせ、大気に微量に含まれる成分を詳細に観測することで、その大気環境の解明が可能であることを示すことができました。また、探査機と異なり、地上望遠鏡は継続的な観測も可能となります。研究チームは、今後は同様の観測手法を他の惑星にも広げるとともに、継続観測により短期的・長期的な変化をとらえ、太陽活動や惑星の季節と連動した大気活動のメカニズムを明らかにしていく研究にも取り組んでいくことを目指しています。
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(左)ボイジャー2号が1989年に撮影した海王星の画像。活発な大気の運動に伴う複雑な雲などの構造が観察できる。
Credit: NASA/JPL
(右)本研究で得られた、海王星におけるシアン化水素の分布。赤道上で濃度が高く、南緯60度を中心にして低いことがはっきりと示されている。Credit:東京大学、All rights reserved.

海王星は太陽系で最も外側を回る惑星であり、「ガス惑星」と呼ばれる仲間である木星、土星、天王星と同様に、水素とヘリウムを主成分とする大気を持ちます。しかし海王星は他のガス惑星と異なり、成層圏上部にシアン化水素 [1] というガスが多く存在していることが分かっています。低高度にある対流圏と、その上にある成層圏に挟まれた領域である「対流圏界面」付近の気温はマイナス200度と非常に低いため、ほとんどのガスは気体から液体に変化してしまいます。そのため、シアン化水素のような凝結しやすいガスは、成層圏に上昇することはできません。成層圏上部になぜシアン化水素が偏在しているのか、その仕組みは、太陽系天文学上の大きな謎でした。

飯野氏らの研究グループは、アルマ望遠鏡を用いて、海王星の成層圏におけるガス状のシアン化水素の分布を詳細に観測することに成功しました。これにより、次のことが明らかになりました。シアン化水素の濃度は赤道付近で最も高く(約1.7 ppb、1ppbは大気分子10億個に対してシアン化水素分子が1個存在するという意味)、南緯60度付近で最も低い(約1.2 ppb)。海王星は地球と太陽の距離の約30倍という非常に遠方に存在しているため、これまでの観測では、シアン化水素の分布を知ることはできませんでした。この観測は、シアン化水素の濃度が海王星上で緯度により異なっていることを世界で初めて明らかにしたものです。観測に用いられたアルマ望遠鏡は、最大で66台のアンテナを結合させて一つの望遠鏡のように駆動させることで、波長の短い電波(波長1ミリ前後)においてこれまでにない高い感度と高い分解能(=視力)を実現するものです。この高い性能をフルに活用することで、見かけの直径で木星の1/20ほどと、地球からは小さくしか見えない海王星上の分子ガスの分布を明らかにすることを可能としました。

大気中の微量分子は、大気の大きな流れ(大循環)の影響を受けて、惑星上で非一様な空間分布となることがあります。研究グループは、発見されたシアン化水素の分布を実現するメカニズムを考える際、地球の成層圏で同じように非一様に存在する分子であるオゾンの分布と大気の流れを参考にしました。地球の成層圏オゾンは高緯度でより多いという特徴を持ちます。これは、オゾンが生成される成層圏では、低緯度から高緯度へと向かう大気の流れがあるためです。同様に、海王星のシアン化水素の濃淡にも、成層圏の大気の流れが反映されていると研究グループは考えました。すなわち、シアン化水素が最も少なかった中緯度付近で上昇流が生じ、シアン化水素のもととなる窒素分子が成層圏に運ばれます。運ばれた窒素分子は、成層圏での化学反応によりシアン化水素を生成しながら、赤道と南極に運ばれていくというものです。このように、巨大な大気の流れ「大気大循環」が海王星に存在し、これにより成層圏のシアン化水素が形成されているという可能性が、本研究で強く示されました。

この研究成果は、地上大型望遠鏡を用いることで、海王星のような遠方の惑星に含まれる微量な分子ガスであっても、詳細な観測が可能であることを示しました。この成果をさらに発展させ、シアン化水素以外の多様な分子の分布を観測することで、大気の運動や化学について新たな知見を得ることが可能となります。同様の観測は他の天体でも可能であり、観測対象を広げていく予定です。さらに、探査機と異なり、地上からの観測は継続的に行うことが可能であることが大きなメリットです。そのため、短期的・長期的な変化をとらえ、太陽活動や惑星の季節と連動した大気活動のメカニズムを明らかにしていくことも可能となるでしょう。

この記事は、東京大学のプレスリリース「海王星の赤道に横たわる猛毒ガス「シアン化水素」の帯を世界で初めて発見 ~太陽系最遠方の惑星の大気の流れ・化学に、地上観測から迫る~」をもとに作成しました。

論文情報
この観測成果は、T. Iino et al. “A belt-like distribution of gaseous hydrogen cyanide on Neptune’s equatorial stratosphere detected by ALMA”として、米国の天文学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ」に2020年10月23日付で掲載されました。

この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(No. 17K14420, 19K1478)、自然科学研究機構アストロバイオロジーセンター、公益財団法人電気通信普及財団の支援を受けて行われました。


1 気体では青酸とも呼ばれる。化学式はHCN。猛毒であり、強い呼吸障害を引き起こす。第二次世界大戦では化学兵器として製造された。電波天文学においては頻繁に観測が行われる分子であり、惑星の大気においては、他に木星で検出がなされている。

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