巨大ブラックホール周辺の磁場を初めて測定 -ブラックホールコロナの加熱メカニズム特定へ-

理化学研究所数理創造プログラムの井上芳幸上級研究員らの共同研究チームは、国立天文台などが国際協力で運用するアルマ望遠鏡を用いて、巨大ブラックホール周辺に存在する「コロナ」からの電波放射を観測することで、コロナの磁場強度の測定に初めて成功しました。本研究成果は、これまでの巨大ブラックホール周辺構造の理解に再考を迫るものと考えられます。
銀河中心にある巨大ブラックホール周辺には、太陽と同じように高温プラズマのコロナが存在します。太陽のコロナは磁場によって加熱されていることから、ブラックホールのコロナの加熱源も磁場だと考えられていました。しかしこれまで、ブラックホール周辺の磁場は観測されておらず、その真相は謎に包まれていました。2014年に共同研究チームは、コロナからの電波放射の存在を予言し、それが観測できれば磁場測定が可能となり、コロナの加熱機構を解明できることを理論的に示していました。
今回共同研究チームは、アルマ望遠鏡を用いて、90~230GHzの電波帯域で二つの活動銀河の中心領域を高感度・高分解能で観測しました。その結果、自らの予言どおり、いずれの巨大ブラックホールからもコロナ由来の電波放射を捉えることに成功しました。そして、その電波放射成分から計算によって導かれたコロナの磁場強度は、従来の理論予測よりもはるかに小さく、磁場ではコロナを十分に加熱できないことが判明しました。

※このプレスリリースは、理化学研究所主導で発表されたものです。

背景

宇宙には数千億から数兆個もの銀河が存在していると推定されていますが、どの銀河の中心にも、太陽質量の100万倍から100億倍に達する「巨大ブラックホール」が存在すると考えられています。そして巨大ブラックホールには、その周辺が銀河よりもはるかに明るく輝いているものがあり、このような巨大ブラックホールを含む銀河は「活動銀河」と呼ばれています [1] 
巨大ブラックホールの周辺には、コロナ [2] が存在します。太陽周辺のコロナの温度が約100万度であるのに対して、巨大ブラックホールのコロナは約10億度に達することがX線観測から知られています。太陽のコロナは磁場によって加熱されていることから、巨大ブラックホールのコロナの加熱源も磁場だと予想されていました。しかし、これまでブラックホール近くの磁場は測定されたことがなく、巨大ブラックホールのコロナの加熱機構は謎に包まれていました。
共同研究チームは2014年に、巨大ブラックホールのコロナから電波が放射されていることを予言し、ミリ波・サブミリ波干渉計のアルマ望遠鏡を用いれば、その電波観測をもとに磁場が測定できることを理論的に示していました。今回、共同研究チームは自らの理論予言の実証を試みました。

研究手法と成果

共同研究チームはアルマ望遠鏡を用いて、地球から2.2億光年の距離にある活動銀河IC 4329Aと、5.8億光年の距離にある活動銀河NGC 985を観測しました。さらに、電波干渉計のVLA望遠鏡 [3] とATCA望遠鏡 [4] で観測されたデータも用いて、広い電波帯域で活動銀河の電波スペクトルの取得に成功しました。
図1に、活動銀河IC 4329Aの観測結果を示します。この活動銀河では、中心から非常に細いプラズマ流の「相対論的ジェット [5] 」が放出されています。VLA望遠鏡とATCA望遠鏡による1~30GHz帯域の観測データ(図1のピンクの四角、青丸)は、相対論ジェットからの放射成分(図1灰色の点線)であると考えられます。ところが、アルマ望遠鏡による90~230 GHz 帯域の観測データ(図1緑三角)は、このジェットでは説明できないほど明るい放射を示していました。新たに考案した、電波望遠鏡の性能の違いも考慮したデータ解析手法を用いたところ、この超過成分が、共同研究チームが予言していたコロナからの電波放射(図1赤破線)に対応することが分かりました。また、相対論的ジェット成分は、時間的にほぼ一定の明るさであることも分かりました。

活動銀河IC 4329Aの電波スペクトル

図1. 活動銀河IC 4329Aの電波スペクトル
緑三角はアルマ望遠鏡(ALMA)、ピンク四角はVLA望遠鏡、青丸はATCA望遠鏡による観測結果を示す。灰色の点線は相対論的ジェットによる電波放射成分、赤破線は共同研究チームが予言したコロナからの電波放射成分、黒線は相対論的ジェットとコロナを合わせた電波放射成分を示す。アルマによる観測値はジェット成分のみによる明るさを上回っており、共同研究チームの予言したコロナからの電波放射を裏付ける。なお、本研究の解析の結果、ジェット成分は時間的にほぼ一定の明るさであることが分かった。
Credit: 理化学研究所 All rights reserved.

コロナが放射する電波の成分をもとに計算した結果、コロナの大きさは約40シュバルツシルト半径 [6] であり、磁場の強度は10ガウス程度であることが分かりました。今回測定された磁場強度はこれまでの理論予測(数百ガウス程度)よりもはるかに小さいものであり、巨大ブラックホールのコロナが磁場によって加熱されるとする従来の説に適用したところ、コロナはすぐに冷えてしまい、高温のコロナは存在できないことが分かりました。これらの結果は、今回観測した2天体に共通していることから、活動銀河中心にある巨大ブラックホールにおいて一般的にあてはまる可能性があります。これらの結果は、従来のコロナ加熱機構のシナリオに再考を迫るものです。
では、コロナはどのように加熱されているのでしょうか?コロナの大きさや磁場の強度に関する今回の研究結果に基づくと、物質が磁場によって加熱される代わりに、物質がブラックホールに向かって落ち込むことで(移流) 、物質自身の重力エネルギーが熱化されることにより、高温コロナが維持されている可能性が考えられます。

巨大ブラックホール周辺を取り巻くコロナの想像図

図2. 巨大ブラックホール周辺を取り巻くコロナの想像図
Credit:理化学研究, All rights reserved.

今後の期待

巨大ブラックホール周辺の磁場や物質分布は、活動銀河から放出される相対論的ジェット形成に重要な役割を果たすと考えられていますが、その機構は分かっていません。巨大ブラックホール周辺のコロナの磁場を初めて測定し、巨大ブラックホールの周辺構造に迫った本研究成果は、相対論的ジェットの形成機構の解明につながると期待できます。
また、今回観測された電波放射を説明するには、コロナの中に高エネルギー電子の存在が必要です。このような高エネルギー電子は、電波と同時に10万~1億電子ボルト(eV)のガンマ線(MeVガンマ線)も放射しているはずです。しかし、そのようなガンマ線の観測は技術的に難しく、まだ十分には行なわれていません。今後、MeVガンマ線観測が可能になれば、ブラックホール周囲に存在する高エネルギー電子やコロナに関するさらなる知見が得られると考えられます。

論文・研究チーム
この観測成果は、Inoue and Doi “Detection of Coronal Magnetic Activity in Nearby Active Supermassive Black Holes” として、2018年12月17日付のアメリカの天文学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル」に掲載されます。

この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
井上芳幸(理化学研究所)、土居明広(宇宙航空研究開発機構)

この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(No. JP16K13813)および卓越研究員事業の支援を受けて行われました。


 
1 銀河全体の約1割を占める特殊な銀河で、エネルギーの大半を銀河中心のコンパクトな領域(ブラックホール周辺)から放出する。そのため、銀河を超える明るさ、激しい時間変動、電波からガンマ線にわたる多波長放射を特徴とする。
2 高温のプラズマ。巨大ブラックホール周辺のコロナはおよそ10億度の温度を持つことが、X線観測から分かっている。
3 アメリカ国立電波天文台が運用している電波干渉計で、米国ニューメキシコ州ソコロから約80 km西に位置する。口径25 mのアンテナ27台で構成される。VLAは、超大型電波干渉計を意味するVery Large Arrayの略。
4 オーストラリア国立望遠鏡機構が運用している電波干渉計で、オーストラリアニューサウスウェールズ州に位置する。口径22mのアンテナ6台で構成される。ATCAは、オーストラリアコンパクト電波干渉計Australia Telescope Compact Arrayの略。
5 巨大ブラックホールからほぼ光速で噴出する、非常に細く絞られたプラズマ流。
6 ブラックホールの中心(特異点)から事象の地平面までの距離であり、光すら脱出できなくなる領域の半径。この領域の大きさは、ブラックホールの実質的な大きさに相当する。

 

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