天の川銀河で中質量ブラックホール候補の実体を初めて確認

慶應義塾大学理工学部物理学科の岡 朋治 教授らの研究チームは、アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(ALMA:アルマ望遠鏡)を使用して、天の川銀河の中心部分に発見された特異分子雲CO–0.40–0.22の詳細な電波観測を行いました。この特異分子雲は、天の川銀河中心核「いて座A*(エー・スター)」から約200光年離れた位置にあり、その異常に広い速度幅から内部に太陽の10万倍の質量をもつブラックホールが潜んでいる可能性が指摘されていました。観測の結果、特異分子雲CO–0.40–0.22の中心近くに、コンパクトな高密度分子雲と点状電波源CO–0.40–0.22*を検出しました。検出された点状電波源は、いて座A*の1/500の明るさを持ち、プラズマまたは星間塵からの熱的放射とは明らかに異なるスペクトルを示しています。このCO–0.40–0.22*の位置に10万太陽質量の点状重力源を置いた重力多体シミュレーションを行った結果、周囲のガスの分布と運動が非常に良く再現できることが分かりました。これらのことから点状電波源CO–0.40–0.22*は、特異分子雲CO–0.40–0.22中に存在が示唆されていたブラックホール本体であると考えられます。これは、我々が住むこの天の川銀河において「中質量ブラックホール」候補の実体を確認した初めての例になります。
本研究成果は、2017年9月4日発行の英国の天文学専門誌「ネイチャー・アストロノミー」に掲載されました。

研究背景

天の川銀河を含む多くの銀河の中心には、数百万太陽質量 [1] を超える質量をもつ巨大ブラックホールがあると考えられています。しかしながら、これらの中心核巨大ブラックホールの起源は未だ解明されていません。一つの説として、恒星同士の暴走的合体によって形成された「中質量ブラックホール」 [2] がさらに合体を繰り返し、銀河の中心に巨大なブラックホールを形成するというものがあります。このシナリオを確認するためには、実際にこの中質量ブラックホールの存在を確認する必要があります。そしてこれまでに数多くの中質量ブラックホール候補天体の検出が報告されてきましたが、いずれも確定的なものではありませんでした。
一方で、研究チームは、国立天文台野辺山45m電波望遠鏡および国立天文台ASTE 10m望遠鏡を用いた観測結果から、天の川銀河の中心領域に1つの特異分子雲CO–0.40–0.22を発見しました。このCO–0.40–0.22は毎秒90 キロメートルもの極めて広い速度幅と、直径10光年程度の楕円状の空間構造をしています。一方で、同分子雲方向には明瞭な対応天体が見られず、爆発などの局所的なエネルギー供給が行われたことは考えられません。これらの観測事実と重力多体シミュレーションの結果から、研究チームは特異分子雲CO–0.40–0.22の中心に約10万太陽質量の中質量ブラックホールが潜んでいる可能性を指摘しました(参考:2016年1月15日付プレスリリース「天の川銀河の中で二番目に大きなブラックホールの兆候を発見」)。

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図1) (a) 国立天文台野辺山45m電波望遠鏡および国立天文台ASTE 10m望遠鏡で得られた一酸化炭素(CO) 115 GHz/346 GHz回転スペクトル線強度の広域合成図。(b) ASTE望遠鏡で得られたシアン化水素(HCN) 355 GHz回転スペクトル線の積分強度分布と (c) 銀経-速度分布。(d) アルマ望遠鏡によるシアン化水素(HCN) 266 GHz回転スペクトル線の積分強度分布と (e) 266 GHz連続波の強度分布。
Credit: 岡朋治(慶応義塾大学)

研究成果

今回研究チームは、南米チリに設置されたアルマ望遠鏡を使用して、特異分子雲CO–0.40–0.22の詳細な電波分光観測を行いました。観測は、一酸化炭素分子(CO)およびシアン化水素分子(HCN)が放つスペクトル線と周波数230/265 GHz帯の連続波放射について行われました。その結果、CO–0.40–0.22の中心付近に、1.5光年程度の大きさをもつコンパクトな高密度分子雲と、それに隣接する点状の連続波電波源CO–0.40–0.22*を検出しました。検出されたコンパクト高密度分子雲は、毎秒100 キロメートルを超える速度幅があり、点状電波源CO–0.40–0.22*の位置に近づくにしたがって急激に大きな速度を持ちます。一方で、点状電波源CO–0.40–0.22*は、天の川銀河の中心核「いて座A*」の1/500の明るさを持ち、プラズマまたは星間塵からの放射とは明らかに異なるスペクトルを示しています。
これらの結果を受けて、研究チームはさらに詳細な重力多体シミュレーションを行い、特異分子雲CO–0.40–0.22内におけるガスの分布・運動の再現を試みました。点状電波源CO–0.40–0.22*の位置に10万太陽質量の点状重力源を置き、約30光年離れた位置から雲を模した多数の粒子を投入したところ、CO–0.40–0.22*の近くを通り過ぎた直後の粒子の分布・運動が、観測で得られたガスの分布・運動を非常に良く再現できることを見出しました。このことは、CO–0.40–0.22*が太陽の10万倍もの質量をもつ未知の天体で説明できることを意味しています。
今回使用したアルマ望遠鏡の解像度から、CO–0.40–0.22*の半径が0.07光年よりも十分に小さいことが分かります。ここに10万太陽質量が集中しているとすると、天の川銀河内で最も密度が高い球状星団M15の中心部分よりも100倍以上高い質量密度になります。スペクトルの特徴が通常の高密度ガス雲や星の集合体で説明できないことを考えあわせると、この点状電波源CO–0.40–0.22*は、特異分子雲CO–0.40–0.22中に存在が示唆されていた中質量ブラックホール本体である可能性が非常に高いと考えられます。

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図2)(a) アルマ望遠鏡によるシアン化水素(HCN) 266 GHz回転スペクトル線の積分強度分布に、重力多体シミュレーションの結果(ピンクの点)を重ねたもの。等高線は、シアン化水素266 GHz回転スペクトル線強度を表す。(b) 重力多体シミュレーションの結果。奥行き方向が視線方向に対応する。(X,Y)=(0,0)の位置に10万太陽質量の点状重力源を置き、雲の重心の初期位置と初速度ベクトルは図に示された平面上にある。各時間ステップにおける粒子分布を色分けして表示あり、時間の単位は10万年。
Credit: 岡朋治(慶応義塾大学)

本研究成果の意義

本研究により、特異分子雲CO–0.40–0.22中に存在する可能性が指摘されていた10万太陽質量のブラックホール候補天体の正確な位置が明らかにされました。これは、天の川銀河の中において、中質量ブラックホール候補天体の実体を捉えた初めての例になります。このような中質量ブラックホールの存在が、中心核から200光年という比較的近い距離において確認されたことにより、前述の中質量ブラックホール合体による中心核巨大ブラックホール形成シナリオを支持する強力な観測的事実が得られたことになります。つまり、今回確認された中質量ブラックホールは中心核巨大ブラックホールの形成・成長に寄与する存在と考えられるのです。
それに加えて、今回の研究により、従来の方法では見つけることが困難であった暗く孤立した「野良ブラックホール」の存在を、分子ガスのスペクトル線観測により確認する手法が有効であることがあらためて示されました。当研究チームは、天の川銀河中心部のみならず円盤部においても、CO–0.40–0.22と同様な高速度ガス成分を検出しており、これらの多くは野良ブラックホールに駆動されたものと考えられます(参考:2017年7月18日付プレスリリース「天の川を撃ち抜く超音速の『弾丸』を発見 ―正体は「野良ブラックホール」か?―」)。天の川銀河内には、1億〜10億個ものブラックホールが浮遊しているという理論予測もあり、本研究と同様の研究手法を用いることで、ブラックホール候補天体の数が飛躍的に増えることが期待されます。ブラックホール候補天体を詳細に研究し、一般相対論の検証をはじめとする重要な知見を得ることで、今後の現代物理学の発展に大きく資することが期待されます。

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中質量ブラックホールによる重力散乱でガス雲が加速される様子の想像図。
Credit: 岡朋治(慶応義塾大学)

論文・研究チーム
この研究成果は、Oka et al. “Millimeter-wave Emission from an Intermediate-Mass Black Hole Candidate in the Milky Way”として、2017年9月4日発行の英国の天文学専門誌「ネイチャー・アストロノミー」に掲載されました。

研究チームのメンバーは、以下の通りです。
岡朋治、辻本志保、岩田悠平、野村真理子(慶應義塾大学)、竹川俊也(慶應義塾大学/日本学術振興会特別研究員)

この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(No.15H03643)の支援を受けて行われました。


 
1 太陽質量 :天文学で使われる質量の単位。1 太陽質量 =1.99×1030 kg。
2 中質量ブラックホール :大質量星の残骸である「恒星質量ブラックホール」(質量は太陽の数十倍程度)と銀河中心核の「巨大ブラックホール」(質量は太陽の数百万倍以上)との間にある、中間的な質量のブラックホールのこと。

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