アルマ望遠鏡で迫る大質量連星系の起源 -誕生のダイナミクスを解明-

理化学研究所(理研)開拓研究本部坂井星・惑星形成研究室のイーチェン・チャン基礎科学特別研究員、大阪大学宇宙地球科学専攻の田中圭特任研究員(国立天文台)らの国際共同研究グループは、「アルマ望遠鏡」を用いて、形成段階にある「大質量星の連星系」を発見し、その公転運動の解明に成功しました。
本研究成果は、誕生時の大質量連星系のダイナミクスを明らかにした初めての例であり、今後、まだ謎の多い大質量連星系の誕生過程を調べる鍵となることが期待できます。
大質量星は太陽の8倍以上の質量を持つ恒星のことで、そのほとんどは連星系として存在しています。大質量星は、高密度なガス雲が重力的に収縮することで生まれると考えられていますが、その誕生過程は、分厚いガスの雲に覆われているため観測が困難だとされてきました。
今回、国際共同研究グループは、最先端のアルマ望遠鏡を駆使することで、今まさに形成中である二つの若い大質量原始星から構成される大質量連星系を発見しました。観測結果の詳しい解析から、二つの原始星の合計質量は太陽質量の18倍以上で、お互いを公転する周期は600年以下であることを明らかにしました。さらに、連星周囲のガス降着流構造から、先に生まれた主星に付随するガス円盤が分裂することで伴星が誕生した可能性が高いことを示しました。

※このプレスリリースは、理化学研究所主導で発表されたものです。

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アルマ望遠鏡で観測された大質量連星系IRAS07299-1651とその周囲のガス雲。背景は、連星系の母体となるガスと塵の雲の分布(緑)。分子ガス輝線を用いて速度構造(赤:地球から遠ざかる運動、青:地球に近づく運動)を解析し、10,000au程度の大規模なガス雲から中心にある100au程度の連星系へ質量降着が続いていることを示した。右が今回発見された、形成段階にあるに二つの若い大質量原始星。水素結合線を用いて、主星(青)が地球に近づく方向に、伴星(赤)が地球から遠ざかる方向に運動していることを明らかにし、その公転運動を調べた。赤破線および青破線は、それぞれの原始星の軌道の例を示す。
Credit: 理化学研究所、ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Zhang et al.

背景

太陽質量の8倍以上の質量を持つ恒星を、大質量星と呼びます [1] 。大質量星は一生の終わりに大爆発を起こし、さまざまな重元素(水素、ヘリウムよりも重い元素)を宇宙空間にばらまきます。それらの一部は私たちの身体を構築する元素であることから、大質量星の誕生過程を理解することは重要だといえます。

ほぼ全ての大質量星は兄弟星を伴う連星系として存在することが、近年の研究から分かっています。大質量星は、高密度なガス雲が重力的に収縮することで誕生すると考えられていますが、そのガス雲収縮の中でどのようにして連星系が誕生するのかについては、これまでに二つのシナリオが提案されています。一つ目は、先に生まれた主星の周りのガス円盤が分裂することで伴星が誕生するというもの、もう一つは、高密度なガス雲が収縮する過程で二つの大質量星がそれぞれ独立に誕生するというものです。しかし、どちらのシナリオが正しいのかはまだ明らかにはなっていません。

この「大質量連星系」の誕生の謎を解く鍵は、形成段階にある大質量連星系の性質をつぶさに観測することにあります。しかし、星から放たれる波長の短い光は母体となるガス雲に隠されて直接観測することはできません。一方、波長の長い電波であれば、分厚いガス雲を通り抜けることができるため、原始星周囲のガスの情報を地球まで届けてくれます。ただし、長波長の電波観測では、地球から遠く離れた大質量星誕生の現場を十分な空間解像度で観測することは容易ではありませんでした。そこで、国際共同研究グループは、世界最高性能を誇るアルマ望遠鏡を用いて、この謎を解くことを試みました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、地球から約5,500光年離れたIRAS07299-1651という大質量星形成領域から放射される波長1.3mmの電波を、アルマ望遠鏡を用いて観測しました。その結果、その領域の中心に二つの若い大質量原始星が約180天文単位 [2] 離れて存在することを発見しました。これは、これまでに見つかっている中で最も近接した大質量連星系です。また、それぞれの原始星の周囲のガスから水素再結合線 [3] が観測されたことから、どちらの原始星も既に強力な紫外線を放出する程度まで質量を獲得していることが分かりました。

さらに、電離ガスから放出される水素再結合線により、二つの原始星の視線方向の速度差が約9.5km/sであることを突き止めました。得られた原始星間の距離と速度差から、公転軌道が円形の場合には、二つの原始星の合計質量は太陽質量の18倍以上、楕円軌道を考慮しても太陽質量の9倍以上であると見積もられました。その他にも、伴星の質量は最大で主星の約8割、お互いを公転する周期は600年以下だということも分かりました。これらは、形成段階にある大質量連星系のダイナミクスを明らかにした初めての研究成果となります。

次に、深くガス雲に埋もれた原始星の質量を正確に測定することは非常に難しいため、他にも異なる手法を用いて原始星質量の推定を行い、その信頼性を確かめました。その結果、大規模なガス雲から連星系へ流れ込む降着流の運動からは、降着ガスも含めた合計質量が太陽質量の約27倍であること、電離ガスの明るさからは、二つの原始星の質量がそれぞれ太陽質量の12倍と10倍程度と見積もられました。また、水素再結合線の運動情報からは、主星の質量が少なくとも太陽質量の4~8倍以上であることが分かりました。いずれの手法も不定性の範囲内で、先に述べた連星系の公転運動と整合的な値となり、結論の信頼性を高めることとなりました。

さらに、連星系の公転運動(約100au)だけではなく、それを取り囲む大規模な降着流(約1,000-10,000 au)と、それぞれの原始星を取り囲むガス円盤(約10au)を含む多重スケールにわたる大質量連星系の誕生の様子を明らかにしました。この3桁にもわたるスケールは、人間の体で例えると全身から爪の厚さ程度までを詳細に調べたことにあたり、強力なアルマ望遠鏡だからこそ達成できた成果といえます。
二つの原始星の質量が同程度であることや、ほかに小質量星が同時に誕生していないことなどから、「この連星系は、先に生まれた主星に付随するガス円盤が分裂することで伴星が誕生した可能性が高い」と結論づけました。しかし、連星公転面と主星円盤面にズレが存在するため、単純な円盤分裂シナリオでは、この連星系の誕生を説明することは難しいことも指摘しています。

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今回発見された大質量連星系の現在と過去の姿の概念図。[左] 現在の大質量連星系の姿。大規模なガス降着流、それによって成長を続ける大質量連星系、それぞれの原始星に付属するガス円盤という多重スケールにわたる構造とそのダイナミクスを解明した。[右] 伴星誕生時の姿。現在の観測結果は、円盤分裂による伴星誕生のシナリオから予想される事柄 [図中(1)-(4)] とよく一致する。
Credit: 理化学研究所

 

今後の期待

本研究では、大質量連星系の誕生時のダイナミクスを初めて明らかにしました。円盤分裂シナリオでは、公転軌道が円形に近い連星系が誕生すると示唆されているため、将来、観測によってその形状が分かれば、この連星系の起源を決定づけられる可能性があります。さらに、異なる波長での観測も行えば、中性ガスと電離ガスが正確に区別され、それぞれの原始星へのガス降着の様子をより詳しく調べることができます。

また、今回、深くガス雲に埋もれた大質量連星系の検出と精査のための新たな手法も示しました。大質量原始星の近傍では、ガス中の分子のほとんどが破壊(電離)されているために、通常、低質量原始星の周りのガス円盤の運動を調べるのに用いられる一酸化炭素分子などのスペクトル線を用いることができません。今回の観測ではこれを逆手にとり、原始星近傍で水素再結合線を観測・解析することで、原始星自身の公転運動を探る重要な手がかりを得ることに成功しました。今後、より多くの天体に同様の観測手法を適応すれば、その有効性が検証されると考えられます。

さらに、今回観測された多重スケールの構造(大規模なガス降着流、連星系、ガス円盤を伴う各原始星の性質など)が一般的なのか、それとも特殊なのかを明らかにするためにも、今後もより多くの高解像度観測が待たれます。

論文・研究チーム
この観測成果は、Zhang et al. “Dynamics of a massive binary at birth”として、2019年3月18日付の英国の天文学専門誌「ネイチャー・アストロノミー」に掲載されました。

この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
Yichen Zhang (理化学研究所), Jonathan C. Tan (Chalmers University of Technology/University of Virginia), 田中圭 (大阪大学/国立天文台), James M. De Buizer (NASA Ames Research Center), Mengyao Liu (University of Virginia), Maria T. Beltrán (INAF), Kaitlin Kratter (University of Arizona), Diego Mardones (Universidad de Chile) and Guido Garay (Universidad de Chile)

この研究は、National Science Foundation Grant “Astrophysical and Astrochemical Tests of Massive Star Formation Theories”、 European Research Council Advanced Grant “MSTAR”、the Chilean Fund for Sciences and Technology project Basal AFB-170002の支援を受けて行われました。


 
1 太陽質量の約8倍以上の質量を持つ恒星のこと。数は少ないが、星は重いほど明るく光るため、夜空でも目立つ存在である(オリオン座のベテルギウスなど)。大質量星はその寿命を終える際に大爆発を起こし、さまざまな元素を宇宙空間にばらまく。その一部は私たちの身体を構築する元素でもあり、そのため大質量星の誕生の過程を理解することは非常に重要である。しかし、その数は太陽質量程度の星(小質量星)と比べて2桁程少なく、また深くガスと塵の雲に埋もれたまま誕生するため、大質量星の形成過程はまだよく理解されていない。
2 天文学で用いられる距離の単位。1天文単位は地球と太陽の距離に由来し、約1億5000万km。auはastronomical unitの略。
3 正の電荷を持つ「水素イオン」と負の電荷を持つ「電子」が結合する際に放出されるスペクトル線。中性ガスが大質量星などから放射される紫外線によって電離破壊され、水素イオンと電子に分かれたものが、再び結合したときに放出されるため「再結合線」と呼ばれる。13.6 eV以上のエネルギーを持つ電磁波(紫外線)でなければ電離破壊がおこらないため、再結合線が観測されるということはそのような紫外線環境下にあることを意味する。

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