大マゼラン雲における大質量星形成をとらえたー アルマの見た「2羽の孔雀」分子雲が物語る2億年の宇宙史

宇宙の大質量星がどのようにして生まれるかは、残された大きな謎として多くの天文学者の強い関心を集めてきました。大質量星は星全体の0.1%以下と極端に数が少なく観測が難しいために、研究が立ち遅れていましたが、アルマ望遠鏡は史上空前の感度と解像度を実現し、天の川銀河の外で起こっている大質量星の誕生をとらえることを可能にしました。名古屋大学の福井康雄 特任教授、大阪府立大学の徳田 一起 客員研究員(兼・国立天文台 特任研究員)らの研究チームは、アルマ望遠鏡を用いて16万光年離れた大マゼラン雲を高解像度観測し、2つの領域でひも(フィラメント)状の分子雲を詳細に描き出すことに成功しました。生まれたばかりの大質量星を「かなめ」として扇形に広がる「2羽の孔雀」のようなこの構造は、分子雲同士が衝突した場合のコンピュータシミュレーション結果とよく一致していました。研究チームは、大小マゼラン雲が2億年前に経験した近接遭遇によって分子雲衝突と大質量星形成が引き起こされた、と結論付けました。これは、大質量の星が誕生するメカニズムの一端を解き明かす重要な研究成果と位置づけられます。

星は宇宙の水素ガスが重力の作用で収縮して生まれます。太陽程度の星の誕生は解明が比較的よく進んでいますが、太陽の20倍を超える質量を持つ大質量星の形成は、理論的にも観測的にもよく解明されていませんでした。大質量星をつくるためには、1光年よりも小さい空間に太陽の100倍以上の質量のガスを集めることが必要となりますが、その仕組みの理解が特に進んでいなかったのです。我々が住む銀河系の中に存在している大質量星の形成現場は近くて観測しやすいのですが、奥行き方向に複数の天体が重なって見えるために個々の天体の分離が難しいなど、多くの観測的困難が伴います。一方、銀河系の隣にある大マゼラン雲は、銀河系内の大質量星形成領域より距離が10倍遠いものの、全体を見通しよく観測できるという意味で絶好の観測対象となります。アルマ望遠鏡のパワーによって、従来の望遠鏡で銀河系の大質量星形成領域を観測した場合と同様の詳しさで大マゼラン雲を観測できるようになりました。

今回のアルマ望遠鏡による観測は、大マゼラン雲の東にある活発な星形成領域「かじき座30(毒蜘蛛星雲)」に近い星雲N159領域について行われました。N159は、名古屋大学「なんてん」望遠鏡の観測によって大マゼラン雲でも最も高密度にガスが集中する領域として注目されており、名古屋大学が日米欧の国際共同研究チームを率いてアルマによる観測を主導してきました。本観測は2017年度に実施され、図1(左)に示すN159E領域の分子雲の詳細な分布が明らかになりました。これまでは全く分解されていなかった多数のフィラメント構造が、先端の大質量星(20~40太陽質量程度)を「かなめ」として扇のように広がっていることがわかります。図1(右)は、その西にあるN159W-Southと呼ばれる領域であり、同様に「かなめ」に位置する若い大質量星(30太陽質量程度)からフィラメント状の分子雲が数本絡まるようにのびています。アルマ望遠鏡の解像度が0.2光年であるのに対して、フィラメントは長さ3光年、幅0.3光年程度であり、領域全体で総数計100本に近い数が見つかりました。フィラメント形状は孔雀の広げた羽のようにも見えるため、研究チームは両分子雲を「2羽の孔雀 (Two peacocks in the Large Magellanic Cloud)」と命名しました。

アルマ望遠鏡で撮影されたふたつの分子雲、N159E-パピヨン星雲領域(左)とN159W-South領域(左)の疑似カラー合成図

アルマ望遠鏡で撮影されたふたつの分子雲、N159E-パピヨン星雲領域(左)とN159W-South領域(左)の疑似カラー合成図。赤色と緑色がそれぞれ、アルマ望遠鏡によって得られた速度の異なる一酸化炭素の同位体分子13COからの電波を表しています。左図の青色はハッブル宇宙望遠鏡により観測された水素電離ガスの分布を示し、右図の青色はアルマ望遠鏡により得られた波長1.3 mm帯の濃いガスに含まれる塵からの電波を示します。2領域とも、フィラメントが集合している「かなめ」(図で青色に示している部分)の位置に大質量星が存在しています。アルマ望遠鏡の高い解像度によってフィラメント状構造が明瞭に写し出されています。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)/Fukui et al./Tokuda et al./NASA-ESA Hubble Space Telescope

以上の特徴は本観測の研究チームの一人である名古屋大学の井上剛志准教授、福井特任教授らによる理論計算で観測前に同様な構造が予想されていました。シミュレーション映像は、広がった星間雲に丸い小型の星間雲が衝突してつくられる構造を示しています。時間とともに小分子雲が突入し、くぼみをつくりながら周りに傘状のフィラメントを多数作っているのがわかります。衝突でひき伸ばされた磁場がフィラメント形成に重要な役割を果たしているのです。フィラメントは小分子雲を「かなめ」とする扇状になり、圧縮でできた密度の高いガス塊が扇の「かなめ」に分布します。これらの特徴はアルマ望遠鏡による観測と見事に一致しています。星間雲同士が衝突後、ほどなくして分子雲フィラメントが形成され、その中で大質量星が約1~10万年前に誕生したと推測されます。


コンピュータシミュレーションが描き出したガス雲衝突の過程。ガス雲が衝突した後、フィラメント構造の分子雲が一斉に作られることがわかります。シミュレーションには、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイ」が使用されました。
シミュレーション映像ファイルをダウンロード
Credit: 国立天文台/Inoue et al.

ガス雲の衝突によってフィラメント状の高密度分子雲が形成される様子の想像図

ガス雲の衝突によってフィラメント状の高密度分子雲が形成される様子の想像図。大きなガス雲の表面に小さなガス雲が衝突し、衝突面には衝撃波が発生します(左)。圧縮されたガス雲は一部が高密度になり、フィラメント構造の分子雲が形成されます(中)。その後、フィラメント状分子雲の特に密度が高いところで大質量星が誕生します(右)。
Credit: 国立天文台

研究チームはさらに、二羽の「孔雀」が全く同じ向きを向いている点に着目しました。互いに150光年以上離れた天体がこのように整列することは偶然とは考えにくく、2億年前に大マゼラン雲とその隣にある小マゼラン雲が近接遭遇を引き起こしたことに整列の原因があると考えたのです。2017年、福井特任教授らはこの近接遭遇の際、重力の強い大マゼラン雲が小マゼラン雲のガスを引き出し、このガスが両銀河の間を運動して、大マゼラン雲に衝突すると推論しました。このように銀河全体をゆすぶる落下運動は、理論計算によって大マゼラン雲の北側からの大規模な落下になると予想され、「2羽の孔雀」の整列をよく説明します。

以上の成果は、ガス雲同士の衝突によって、大質量星が扇状フィラメントの「かなめ」で形成され、その中で複数の大質量星が一気に誕生していることを示した成果です。同時に、銀河間の相互作用が、数億年規模で爆発的星形成現象(スターバースト)を引き起こすことも示唆します。研究チームを率いる福井特任教授は「大質量星形成と、銀河相互作用の役割をこのアルマ望遠鏡の観測で初めて結びつけることができました。今後、相互作用銀河の観測研究はさらに発展し、宇宙における大質量星団の形成機構の解明につなげることができると期待しています。」と語っています。

論文・研究成果
この観測成果は、以下の2本の論文として2019年11月出版の天文学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル」に掲載されます。
Y. Fukui et al. “An ALMA view of molecular filaments in the Large Magellanic Cloud I: The formation of high-mass stars and pillars in the N159E-Papillon Nebula triggered by a cloud-cloud collision”
K. Tokuda et al. “An ALMA view of molecular filaments in the Large Magellanic Cloud II: An early stage of high-mass star formation embedded at colliding clouds in N159W-South”

この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
福井康雄(名古屋大学)、徳田一起(大阪府立大学/国立天文台)、西合一矢(国立天文台)、原田遼平(大阪府立大学)、立原研悟(名古屋大学)、柘植紀節(名古屋大学)、鳥居和史(国立天文台)、西村淳(大阪府立大学)、Sarolta Zahorecz(大阪府立大学/国立天文台)、 Omnarayani Nayak(宇宙望遠鏡科学研究所)、Margaret Meixner(ジョンズ・ホプキンス大学/宇宙望遠鏡科学研究所)、南谷哲宏(国立天文台)、河村晶子(国立天文台)、水野範和(国立天文台/東京大学)、Remy Indebetouw(バージニア大学/アメリカ国立電波天文台)、Marta Sewilo(アメリカ航空宇宙局/メリーランド大学)、Suzanne Madden(パリサクレ―大学)、 Maud Galametz(パリサクレ―大学)、 Vianney Lebouteiller(パリサクレ―大学)、 C.-H. Rosie Chen(マックスプランク電波天文学研究所、大西利和(大阪府立大学)

この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(No. 22244014, 23403001, 26247026, 18K13582, 18K13580,18H05440)、国立天文台ALMA共同科学研究事業2016-03BおよびNASA(80GSFC17M0002)の支援を受けて行われました。

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