概要
非常に活発に星を生み出しているスターバースト銀河は、多量のガスや塵(星間物質)に覆われており、その心臓部がどのような環境になっているかを探ることは容易ではありません。
東京大学大学院理学系研究科の安藤亮大学院生、国立天文台の中西康一郎特任准教授、東京大学大学院理学系研究科の河野孝太郎教授らの研究グループは、非常に高い空間的な分解能・感度を誇るアルマ望遠鏡を用いて、約1100万光年先にあるスターバースト銀河NGC 253を観測しました。その結果、従来は星間物質の大まかな分布しか見えていなかったスターバースト心臓部に、活発に星を生み出している星間物質の塊が8個並んでいる姿を捉えることに成功しました。またこれらの塊では、見つかる分子の種類や信号の強さが異なることが初めて明らかになりました。さらに一つの塊では暖められた多種の分子ガスからの放射(分子輝線)がスペクトルを隙間なく埋め尽くす、熱い“分子の密林”といえる特異な状態になっていることも明らかになりました。銀河系外で“分子の密林”が観測されたのは初めてです。
現在アルマ望遠鏡では、同じスターバースト銀河をより幅広い波長帯で観測するプロジェクトが始動しています。宇宙の星形成の歴史における主要なプレイヤーであるスターバースト銀河に秘められた多様な環境が、さらに詳細に解明されていくことが期待されます。
このプレスリリースは、東京大学より主導発表されたものです。
研究の背景
宇宙には様々な銀河が存在していますが、中でもとりわけ活発に星を生み出している銀河は、スターバースト銀河(爆発的星形成銀河)と呼ばれます。宇宙の中で星が生まれ、銀河が形作られてきた歴史を探る上では、その主要なプレイヤーであるスターバースト銀河の性質を明らかにすることが不可欠です。
スターバースト銀河の心臓部には、多量の星間物質(ガスや塵 [1] )が存在しており、可視光線(我々が見ることのできる光)では内部を見通すことができません。一方、分子ガスや塵が発する電波を観測すれば、スターバーストの材料にもなっている星間物質がどのような状態(温度や密度など)にあるのか、スターバーストの心臓部で何が起こっているかに迫ることができると期待されます。しかし、従来の電波望遠鏡による観測は空間的な分解能(人間の目でいう視力)が足りなかったため、スターバーストの心臓部で分子ガスや塵がどこにどのくらいあるのか、ぼんやりとしか分かっていませんでした。また、感度も不足していたため、星間物質の中にある一握りの限られた分子からの信号しか捉えることができませんでした。
研究内容
東京大学大学院理学系研究科の安藤亮大学院生(修士課程2年)、国立天文台の中西康一郎特任准教授、及び東京大学大学院理学系研究科の河野孝太郎教授らの研究グループは、約1100万光年先にあるスターバースト銀河NGC 253を、アルマ望遠鏡を用いてサブミリ波という電波で観測しました。NGC 253はスターバースト銀河の中では地球からかなり近く、これまでにも様々な望遠鏡で多くの研究がなされてきました。本研究ではアルマ望遠鏡を用いることで、サブミリ波の観測としてはかつてない高い分解能と感度を同時に実現することができました。
アルマ望遠鏡の画像は、スターバーストの心臓部での星間物質の分布を鮮明に描きだしました。活発に星を生み出す星間物質の塊が8個並んでいて、塊の直径はいずれも30光年ほどです。それぞれの塊のスペクトル [2] を見ると、シアン化水素(HCN)やホルムアルデヒド(H2CO)をはじめとする多種多様な分子や原子からの輝線 [3] が、どの塊でも見つかりました。ところが、こうした輝線を詳しく調べてみると、見つかる分子の数や輝線の強さが塊ごとに大きく異なっていることが明らかになったのです。よく似た塊が並んでいるように見えるにも関わらず、ひとつひとつの塊が実は個性豊かなものであったことは、驚くべき結果でした。
ある塊(図中の塊1)では、チオホルムアルデヒド(H2CS)やプロピン(CH3CCH)、さらには複雑な有機分子の一種である酢酸(CH3COOH)など、多種多様な分子からの輝線が検出されました。ここで検出された分子・原子の種類は19種、輝線の数は37本に及び、しかもこれら輝線はスペクトル全体を隙間なく埋め尽くしています。このような“分子の密林”ともいうべき特異な環境は、銀河系外では初めて確認されました。対照的に別の塊(塊5)では、スペクトル上の分子輝線はまばら、すなわち分子の種類はかなり少なく、複雑な有機分子も見つかりませんでした。“分子の密林”と対比させるならば、この塊は木がまばらな草原地帯のような“分子のサバンナ”と言えるかもしれません。このように、わずか数十光年程度の間隔で隣り合った塊が、これほどに個性豊かである様子は、従来のスターバースト銀河の観測では決して見ることができなかったものです。
また、一般に星の生まれる分子雲は-260℃以下という非常に低い温度にありますが、今回見つかった“分子の密林”(塊1)では、分子ガスの一種である二酸化硫黄(SO2)ガスの温度が、約-180℃という分子雲としては高い値でした。暖かい分子ガスと豊かな化学組成を示すこの熱い“分子の密林”では、生まれたばかりの星を取り囲む暖かい分子ガスの雲(ホットコア [4] )がたくさん寄り集まっていると考えられます。
本研究の意義と今後の見通し
本研究により、従来の望遠鏡では観測が難しかったスターバーストの心臓部に、熱い“分子の密林”をはじめとする、個性豊かな星間物質の塊が共存していることが明らかになりました。これはアルマ望遠鏡の高い威力を証明する成果であると同時に、宇宙全体での星生成の歴史を牽引してきたスターバースト銀河に、まだまだ我々の知らない複雑な素顔があることを示すものでもあります。現在、アルマ望遠鏡を用いて同じスターバースト銀河NGC 253を様々な波長で観測する国際プロジェクトが進行中であり、本研究グループも参加しています。より多岐に及ぶ分子輝線の大規模観測を通して、スターバースト銀河に秘められた多様な環境、そして熱い“分子の密林”の正体がより詳細に解明されていくことが期待されます。
論文・研究チーム
この研究成果は、Ando et al. “Diverse nuclear star-forming activities in the heart of NGC 253 resolved with 10-pc-scale ALMA images”として、米国の天文学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル」に2017年11月に掲載されました。
この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
安藤亮(東京大学)、中西康一郎(国立天文台/総合研究大学院大学)、河野孝太郎(東京大学)、泉拓磨(国立天文台/東京大学)、Sergio Martín(欧州南天天文台/合同アルマ観測所)、原田ななせ(中央研究院天文及天文物理研究所)、高野秀路(日本大学)、久野成夫(筑波大学)、中井直正(筑波大学)、菅井肇(東京大学)、徂徠和夫(北海道大学)、濤崎智佳(上越教育大学)、松林和也(国立天文台)、中島拓(名古屋大学)、西村優里(東京大学/国立天文台)、田村陽一(名古屋大学/東京大学)
この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(No. 15K05035、25247019)の支援を受けて行われました。
1 | 宇宙は真空に近い空間ですが、ごく希薄なガスや塵(固体の微粒子)が漂っており、これらを総称して星間物質と呼びます。こうした星間物質は星の材料となり、特に低温の星間物質が高い密度で集まった場所は星が生まれる現場となります。 |
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2 | 電磁波の周波数(または波長)ごとの強度分布を「スペクトル」と呼びます。プリズムに太陽光を通した時に生じる虹色の帯もスペクトルの一例です。このように、さまざまな周波数の電磁波が混ざっている状態から、各周波数の電磁波へと分解してスペクトルを描く操作が「分光」です。電波観測の場合、天体からの電波を分光することで得られるスペクトルには、特定の周波数に分子が放つ電波(分子輝線)が見られる場合があります。スペクトル中のこうした輝線の周波数や強さを調べることで、存在する分子種やその量などの情報を得ることができます。 |
3 | 分子のエネルギー状態はとびとびの準位を持っており、分子があるエネルギー状態から別の状態へと遷移する際には、そのエネルギー差に相当する特定の周波数の電磁波を放出します。この際に分子から放たれる電磁波は分子輝線と呼ばれます。各分子がそれぞれ異なる特定の周波数において輝線を放つことから、逆に観測された輝線から分子種を知ることができます。 |
4 | 星が生まれる現場である分子雲は、一般に-260℃という非常に低い温度であるため、分子の一部は固体の状態で存在しています。しかし星が生まれると、その星が発する光によって周囲の星間物質が暖められ、固体だった分子が気化します。これにより、加熱された大量の分子ガスが生まれたばかりの星を取り囲むようになります。このような暖かい分子の雲はホットコアと呼ばれます。 |