赤ちゃん星(原始星)は、宇宙空間のガスと塵が豊富にある領域である分子雲コアの中で生まれます。また原始星周囲からは、分子ガスが噴き出している様子(双極分子流)が観測されます。この双極分子流は原始星のサイズの100万倍以上の大きさにも広がることがあり、原始星よりも観測しやすいため、分子雲コア内での原始星の誕生を捉える非常に強力なツールとなります。
宇宙に存在するほとんどの星は、孤立して生まれるのではなく複数の原始星が集団で誕生し、これを星団形成と言います。星のゆりかごである星団形成領域での双極分子流の役割は、周辺の分子雲コアに衝突することで局所的に星の形成を誘発したり、逆に星のゆりかご内の環境をかき乱すことで、周辺の星の成長を邪魔したりする可能性がこれまでにも予測されていました 。星団形成領域は原始星が誕生する一般的な環境であり重要な研究対象であるにもかかわらず、比較的遠方にあるため、領域内を詳細に観測することが困難でした。さらに、星団形成領域は複数の原始星や双極分子流が混在した複雑な構造を持っています。これらを十分に見分けられる鮮明な画像を得るにはアルマ望遠鏡のような高い空間分解能をもつ望遠鏡を用いることが必須となります。
九州大学の大学院生 佐藤亜紗子氏らの研究チームは、アルマ望遠鏡を使って最も若い星団形成領域のひとつであるOMC-2内のFIR 3およびFIR 4領域を観測しました。この天体はオリオン座の方向にあり、太陽系から最も近い巨大分子雲であるオリオンA 分子雲(地球からの距離 1400光年)の中にあります。研究チームは、この星団形成領域をカバーするような広視野観測を行い、塵、一酸化炭素(CO)、一酸化ケイ素(SiO)の3つの物質の分布を調べました。塵は、星を育むゆりかごである分子雲コアの基本構成物質の一つです。一酸化炭素は、双極分子流や分子雲コアの主な構成要素である水素分子ガスに次いで多く存在します。強い電波を出すため、星が成長する様子を観測的に捉えるために重要な分子の一つです。一酸化ケイ素は激しい衝突現象がある時に観測されます。分子雲を構成する塵の表面に付着しているケイ素(Si)が分子流と周辺物質の激しい衝突などの場面で宇宙空間に叩き出され、宇宙空間に浮遊する酸素(O)と結びつくことで、一酸化ケイ素ガス(SiO)からの放射が観測されるようになります。今回の高感度観測により、FIR 3およびFIR 4領域でこれまでに報告されていた2倍の数の双極分子流、つまり原始星が形成されている直接的な証拠を見つけることができ、複雑な星団形成環境の様子が鮮明に描き出されました。
今回の一番の成果は、星のゆりかごである若い星団形成領域OMC-2内で、FIR 3領域中の原始星から噴き出た巨大双極分子流が複数の若い星が密集しているFIR 4領域に激しく衝突していることを示す決定的な証拠を捉えたことです。この巨大双極分子流がFIR 4領域と激しく衝突することで、その境界面で発生したと考えられる、SiOガスの観測に成功しました。「図2の左上から進んできた巨大双極分子流がFIR 4領域にある原始星の材料となる高密度ガスや塵と2箇所で衝突した様子を、U字状の衝突面としてはっきりと捉えることに成功しました(図2: FIR 4領域で青白く光っている構造)。アルマ望遠鏡の高い感度と空間分解能のおかげで、このように非常に若い星団で形成された原始星の双極分子流が星団形成領域内の他のメンバーに衝突している証拠を撮像することが初めて可能となりました。」と、国立天文台の髙橋智子准教授は本観測の意義を説明しています。また、巨大双極分子流がFIR 4に向かって進む途中、フィラメント状に広がる分子雲(図2: オレンジ色で表現されている“フィラメント状に広がる分子雲”)とも激しく衝突し、分子流内のガスが激しく圧縮されている様子が分かります(図2:白みを帯びた赤色で表されている “圧縮された分子流のガス”)。双極分子流と激しく衝突したことで分子雲内の塵が加熱されている証拠も捉えました。さらにこの圧縮された分子雲内で星のゆりかご(分子雲コア)の起源となりうる分裂片が多数発見されました。
本研究では、星団形成領域内での巨大双極分子流と若い星たちの衝突をきっかけとして星団内の星形成が誘発されたのか、あるいは衝突前に星が誕生していたのかについては明確に区別できませんでした。「それでも今回の結果から、双極分子流が衝突した星団形成領域内のガスや塵を揺さぶり、星が生まれる環境がかき乱されている可能性が示されました。」と、九州大学の佐藤亜紗子氏は語り、今後、アルマ望遠鏡を用いたさらなる観測で詳細を解明することに意欲を見せています。「双極分子流によって圧縮されたガスの運動を調べ、星団形成領域内への物質の流入、もしくは分子雲コアの破壊を捉えることができれば、FIR 4がどのような進化をたどり最終的にどれくらい重たい星を形成するのかを予測することができます。」
今回の観測では、分子流が星団形成領域内の星形成に与える影響を直接捉えることに成功しました。本研究のさらなる発展は、一般的な星形成の形態である星団形成の理解を紐解く鍵となるでしょう。
謝辞
アルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計、Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA)は、欧州南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)がチリ共和国と協力して運用する国際的な天文観測施設です。アルマ望遠鏡の建設・運用費は、ESOと、NSFおよびその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾行政院科技部(MoST)、NINSおよびその協力機関である台湾中央研究院(AS)と韓国天文宙科学研究院(KASI)によって分担されます。 アルマ望遠鏡の建設と運用は、ESOがその構成国を代表して、米国北東部大学連合(AUI)が管理する米国国立電波天文台が北米を代表して、日本の国立天文台が東アジアを代表して実施します。合同アルマ観測所(JAO)は、アルマ望遠鏡の建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とします。
本研究は、NAOJ ALMA Scientific Research Grant (2022-22B)、JSPS科研費(JP17H06360、JP17K05387、JP17KK0096、JP21H00046、JP21K03617、20K04034)、CONACyT-280775、UNAM-PAPIIT IN110618 grants, Mexico、the European Union’s Horizon 2020 research and innovation program (Grant Agreement No. 851435) の助成を受けたものです。
論文情報
この研究成果は “ALMA Fragmented Source Catalogue in Orion (FraSCO) I. Outflow interaction within an embedded cluster in OMC-2/FIR3, FIR4, and FIR5” として、米国の天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル」に2023年2月14日付で掲載されました
(doi: 10.48550/arXiv.2211.12140)
著者:佐藤亜紗子(九州大学)、高橋智子(国立天文台、総合研究大学院大学)、石井峻(国立天文台、総合研究大学院大学)、Paul T. P. Ho (台湾中央研究院、東アジア観測所)、町田正博(九州大学)、John Carpenter (合同アルマ観測所), Luis A. Zapata (メキシコ国立自治大学), Paula Stella Teixeira (セントアンドリュース大学), and Sumeyye Suri (ウィーン大学)