天の川銀河中心の超巨大ブラックホール「いて座A*」の「瞬き」を検出 ― ブラックホールごく近傍からの放射か ―

慶應義塾大学の岩田悠平氏(博士課程3年)、岡朋治教授らの研究チームは、アルマ望遠鏡を使用して取得された天の川銀河中心核「いて座A*(エー・スター)」の観測データを詳細に解析し、それが放つ電波の強さを精密に測定することに成功しました。その結果、いて座A*の電波強度は、1時間以上の時間をかけてゆっくりと変化しながら、時折30分程度の短い周期的な変動(瞬き)を見せることが分かりました。この周期的な瞬きは、いて座A*に存在し太陽の400万倍の質量を持つ超巨大ブラックホールの周囲を、0.2天文単位という非常に近い軌道半径をもって周回する「ホット・スポット」に起因するものと解釈されます。本研究によって、銀河中心核超巨大ブラックホールのごく近傍で起きている現象を、電波強度の変化から描き出せる可能性が示されました。これは、一般相対論で記述される強重力場下の時空構造の理解につながる大変重要な研究成果です。

私たちの住む天の川銀河の中心核には「いて座A*」と呼ばれる電波天体があり、ここには太陽の400万倍の質量を持つ超巨大ブラックホールが潜んでいることが知られています。このブラックホール周囲には、高温のガス円盤(降着円盤)があると考えられており、そこから非常に強力な電波が放射されています。いて座A*は、稀に数時間の間に数倍明るくなる「フレア」という増光現象を起こすことがあります。このような明るさの変動の詳細を調べることで、いて座A*の放射メカニズムの解明や、ブラックホール時空の理解につながると考えられています。

研究チームは、2017年10月にアルマ望遠鏡を使用して取得された天の川銀河の中心方向の観測データを解析し、各70分×10日に渡って中心核「いて座A*」の電波強度を精密に測定しました。構造関数および周期解析という解析手法を用いて電波強度の変化の様子を詳細に調べた結果、いて座A*の電波強度は、1時間以上の時間をかけてゆっくりと変化しながら、時折30分程度の短い周期的な変動(瞬き)を見せることが分かりました(図1)。ゆっくりとした強度変動については、これまでの研究で既に指摘されており、降着円盤の粘性を反映したものと考えられています。一方で、約30分周期の「瞬き」については、これまでフレア時の赤外線およびX線強度において辛うじて検出報告があるのみで、静穏時の電波強度にそれが見出されたのは初めてのことです。この30分という周期は、中心から0.2天文単位(1天文単位は太陽と地球の平均距離に相当し、約1億5000万km)という降着円盤内の最も内縁における回転周期に相当し、ブラックホールに極めて近い場所での現象に起因する可能性があります。フレア時に発生する降着円盤内の熱いガスの塊(ホット・スポット)が、小規模ながら静穏時においても発生し、それが回転運動することで相対論的ビーミング効果 [1] により周期的な強度変動を生じているものと解釈されます。

 

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図1. (a) 2017年10月10日(上)と2017年10月14日(下)の観測で得られた電波強度の時間変化。青、緑、赤の点はそれぞれ234.0, 219.5, 217.5 GHzの周波数帯で測定された電波強度を示している。強度変化は、1時間以上のゆっくりとした変動と周期的な短時間変動が合わさったオレンジの影で示した曲線に概ね沿っている。
(b) ゆっくりとした変動の寄与が少ない7日間のデータを用いて作成した構造関数。横軸は時間を対数スケールで示しており、構造関数が平坦になるときの時間(ここでは約30分)が強度変化に含まれる特徴的な時間スケールである。
(c) (a)図の周期解析結果。約30分の周期で変化する強度変化成分が、図のピークとして現れている。
Credit: Y. Iwata et al./慶應義塾大学

 

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図2 超巨大ブラックホールとそのごく近傍で周回するホット・スポットの想像図。
Credit: 慶應義塾大学

 

昨年、イベント・ホライズン・テレスコープ (EHT)チームにより、楕円銀河M87の中心核において史上初めて撮影されたブラックホール・シャドウの画像が公開され、大変な注目を集めました。いて座A*はM87中心核とともにEHTの主要な観測ターゲットでしたが、まだその画像は公開されていません。今回の観測・解析結果が示唆するように、いて座A*は明るさと共に形状まで刻々と変化してしまうため、長時間にわたる観測を必要とするEHTでブラックホール・シャドウを撮像するのは容易ではないと研究チームは考えています。一方で、電波の強度変動が降着円盤内のホット・スポットに起因しているならば、明るさの変動からブラックホールへ周辺のガスの運動を描き出せる可能性があります。同様の観測をさらに高感度かつ継続的に行うことによって、ガスがブラックホールを周回しながらそれに吸い込まれていく様子を観測することも期待されます。これらの研究を進めることで、一般相対論で記述される強重力場下の時空構造を理解することにつながると考えられます。

論文・研究チーム
この観測成果は、Y. Iwata et al. “Time Variations in the Flux Density of Sgr A* at 230 GHz Detected with ALMA”として、2020年4月2日発行の米国の天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ」に掲載されました。

この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
岩田悠平(慶應義塾大学)、岡朋治(慶應義塾大学)、坪井昌人(宇宙航空研究開発機構)、三好真(国立天文台)、竹川俊也(国立天文台)

この研究は、日本学術振興会特別研究員奨励費 JP18J20450の支援を受けて行われました。


1 相対論的ビーミング効果とは、光速に近い速度を持つ放射源が観測者の方向に運動する際に、その放射エネルギーが上昇して観測される効果で、特殊相対性理論によって記述されます。

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