アルマのしくみ【第1回】よく見える望遠鏡とは?

アルマ望遠鏡では、たくさんのパラボラアンテナを繋げてひとつの巨大望遠鏡として使います。人がのぞくことのできる普通の望遠鏡とは、さまざまな違いがあります。その違いを知れば、アルマ望遠鏡が天文学の教科書を書き換える成果を出せるヒミツがわかるはず。そこで、講演やtwitterなどでよく寄せられる「アルマ望遠鏡のしくみ」についての疑問に答える連続コラムを企画しました。初回は、「よく見える望遠鏡を作るには、どうしたらよいか?」という疑問です。答えるのは、国立天文台でアルマ望遠鏡の教育広報主任を務める平松正顕助教です。
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Credit: NAOJ

 
── アルマ望遠鏡のほんとうに基本的なところから質問していきたいと思います。まず、電波望遠鏡というのは、どんなものでしょうか?

平松 : アルマ望遠鏡は、宇宙からやってくる電波をとらえる電波望遠鏡です。皆さんが夜に空を見上げると星が見えますね。これは、星が出した光が長い距離を旅して私たちの目に届くからです。宇宙からやってきているのは目に見える光だけでなく、電波も、赤外線も紫外線もエックス線も届いています。その中で、電波をキャッチするのが電波望遠鏡です。

電波望遠鏡の中でも、アルマ望遠鏡はたくさんのアンテナを組み合わせてひとつの巨大な望遠鏡を作る「電波干渉計」という仕組みを使っています。ただ、ここですぐに電波干渉計の解説をすると難しくなるので、まずは電波望遠鏡の基本的な仕組みからお話ししますね。

 
── 電波をとらえる、というところがまずよくわかりません。

平松 : 電波は見えないので、無理もないですね。わかりやすくするために、人間の視覚と比べながら見ていきましょう。

 

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電波望遠鏡と視覚の比較図。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)

 
平松 : まず、電波望遠鏡で目立つのはパラボラアンテナです。パラボラアンテナは、観測したい天体のほうを向いて、そちらからやってくる電波を集める役割を持っています。人間の視覚で言えば、見たい方向を向く「眼球」と、その中にあって光を集めるレンズの役割を果たす「水晶体」に相当します。大事なのは、アンテナは電波を集めるだけで、感じ取ることまではしていない、ということです。

 
── どういうことですか?

平松 : 人間の目では、光を感じるのは眼球の奥にある「網膜」です。水晶体は、あくまでも光を集めているだけ。電波望遠鏡で網膜に相当するもの、つまり実際に電波を受け取っているものは、「受信機」と呼ばれます。何万年、何億年かけて地球に届いた電波が、この受信機を通ることで初めて、人間が扱うことのできる電気信号に変換されるわけです。

 

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アルマ望遠鏡の受信機。高さはおよそ50cm、太さは約15cmの円筒形をしています。アルマ望遠鏡は、観測する電波の周波数ごとに異なる10種の受信機を搭載します。この写真は、そのうち日本で開発した3種類の受信機を写したものです。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)

 
── なるほど、電波を集めるところと感じ取るところが別にあるわけですね。

平松 : そうです。目の場合、網膜では電気信号が作られ、神経を伝って脳に送られます。脳がその信号を読み解くことで、「物が見えた!」となるわけです。電波望遠鏡でもこれは同じで、受信機で作られた電気信号は、光ファイバーを使ってコンピュータに送られます。

 
── まとめると、アンテナが眼球と水晶体、受信機が網膜、コンピュータが脳に相当するわけですね。

平松 : その通りです。ほとんどの動物には目がふたつあって、それぞれでキャッチした光を脳が処理することで「物が見える」わけですよね。アルマ望遠鏡はアンテナが66台ありますから、それぞれからの信号をコンピュータが処理することで、天文学的に意味のある「データ」になるのです。

 
── 私たちの目はふたつですが、アルマ望遠鏡は66個。そのぶん良く見える、ということになりますか?

平松 : 望遠鏡が「良く見える」というときは、実はふたつの意味があります。ひとつは、「暗い天体まで見える」ということ、もうひとつは「細かいものまで見分けられる」ということです。前者の能力を「感度」、後者は「解像度」や「分解能」といいます。

 
── 私たちも視力検査を受けますよね。これと何か関係がありますか?

平松 : 視力検査でよくあるのは、C字型の記号を見て、切れ目のある方向を当てるものですよね。これは、「どこまで細かいものを見分けられるか」、つまり解像度(分解能)を測っています。目が悪いと、Cの字の切れ目の上端と下端がつながってしまって切れ目がどこかわからなくなってしまいます。望遠鏡で言えば、天体の画像がぼやけてしまってはっきり見えない、ということですね。人間でいえば「視力が低い」、望遠鏡では「解像度(分解能)が低い」ことに相当します。

平松: 天文学者は、天体の姿をより細かく調べたいし、より暗い天体まで調べたいもの。なので、望遠鏡を作るときには感度と解像度の両方を高めたいわけですね。そのためには、大きな望遠鏡を作る必要があります。

 
── 大きな望遠鏡を作れば、感度と解像度の両方が高まるんですか?

平松 : そうです。望遠鏡の大きさといっても、大切なのは光や電波を集める鏡やレンズの直径です。直径が大きいとたくさんの光を集められるので、そうするとより暗い天体も見えてくるわけです。解像度の原理の説明はちょっと込み入ってくるので、今は望遠鏡が大きいと解像度が高まる、ということだけ抑えていただければいいと思います。

 

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巨大な望遠鏡の一例、国立天文台野辺山45m電波望遠鏡。パラボラアンテナの直径が45mあります。
Credit: NAOJ

 
平松 : 大きくすれば性能が上がるとはいえ、際限なく大きくできるわけでもありません。世界で最も巨大な電波望遠鏡は、最近中国が完成させたFASTと呼ばれる望遠鏡で、直径500mあります。これは、自然のくぼ地を利用してアンテナにしたものです。でも、天文学者としてはもっと口径が欲しい。すると、ものすごく巨大な建造物になってしまって構造を支えるのが難しいですし、しかも空のいろいろなところにある天体を観測するとなると、自由に動かせなくてはいけません。

 
── 宇宙空間に大きな望遠鏡を浮かべる、っていうのはどうですか?

平松 : いいアイディアだと思います。でも国際宇宙ステーションがせいぜい100mくらいの大きさですから、もっと巨大な望遠鏡を作るためにはたくさんのロケットを打ち上げなくてはいけないですし、その分コストもかさみます。例えば、30年前に打ち上げられたハッブル宇宙望遠鏡は、口径2.4mです。当時でもこの口径は巨大というわけではありませんでした。それでも開発から打ち上げまでのコストが50億ドル、その後20年以上の運用経費を入れるとおよそ100億ドル(今の為替レートで約1兆円)という巨額になっています。宇宙にモノを運んでそこで動かすというのは、コストはもちろん技術的にもとても大変です。

 
── なるほど、となるとやはり地上に作りたいですね。でも地上は重力があるから、大きい望遠鏡を作るのが難しい。ジレンマですね。

平松 : そのジレンマを解決する方法として考え出されたのが、「たくさんの望遠鏡を作って、これをつなぎ合わせてひとつの望遠鏡を構成する」という仕組み。これが、「電波干渉計」です。電波干渉計のしくみは少し複雑なので、次回じっくりご説明しましょう。

 

平松正顕(国立天文台台長特別補佐/アルマプロジェクト助教・教育広報主任)

平松正顕(国立天文台台長特別補佐/アルマプロジェクト助教・教育広報主任)

岡山県出身。博士(理学)。東京大学大学院理学系研究科天文学専攻博士課程修了。台湾中央研究院天文及天文物理研究所博士後研究員、アルマ地域センターアストロノマーを経て、2011年から国立天文台に勤務。専門は電波天文学で、特に星の形成過程の研究を行ってきた。またアルマ望遠鏡の広報担当として、執筆や講演などを精力的に行っている。

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