概要
台湾中央研究院天文及天文物理研究所のハウユー・リュウ氏らの研究チームは、アルマ望遠鏡を使って巨大なガスのかたまり「G33.92+0.11」を観測しました。この天体は巨大星が集団で誕生しているまさにその現場であると考えられています。アルマ望遠鏡による観測により、G33.92+0.11の中心部の構造がこれまでにないほど詳細に描き出されました。そこには3光年を超えるようなサイズの巨大なガスの「腕」があり、ふたつの高密度ガス塊をとりまく形になっていました。そしてその腕は、分裂し第2世代の星が生まれる現場になるかもしれません。今回の観測は、ガスの「腕」が巨大星のゆりかごであることを示しており、巨大星がどのようにガスを獲得して成長していくのかを明らかにする重要なステップです。
研究の背景
巨大な星団がどのようにして生まれるのか、という疑問は、天文学の基本的な謎として残されています。こうした構造ができるには、大量のガスが効率よく星にならなくてはいけません。しかし星が生まれると、星から噴き出すガス(恒星風)によって星の材料になるはずのガスが吹き飛ばされてしまいます。現在の理論によれば、恒星風の影響を受けないよう、ガス雲の崩壊と星の誕生は非常に短期間に急激に起こらなくてはいけない、と考えられています。このためには、ある程度の期間ガス雲が重力崩壊せずにとどまり、一気に中心部に流れ込む必要があります。しかしこれを実際に観測で証明するのは困難です。というのも、視線方向に重なったガスを見分けること、それに垂直な方向のガスの運動を測ることがほとんど不可能だからです。ガス雲の重力崩壊に抗う力としては、もともとガス雲が持っている回転の勢い(角運動量)が考えられます。つまり、回転している構造を見つけることが、この研究にとっては大切なのです。大質量星は非常に密度の高いガス雲の中で生まれるので、こうした領域のガスの分布や運動を調べ、その様子を理解する必要があります。
アルマ望遠鏡での観測
台湾中央研究院天文及天文物理研究所のハウユー・リュウ氏らの研究チームは、地球から約23,000光年離れた明るく巨大な星が集団で生まれる領域(OBアソシエーション)G33.92+0.11をアルマ望遠鏡で観測しました。この領域ではまさに星々の誕生が始まったところですが、その明るさの合計は太陽の25万倍にも達します。その大半は、2,3個の巨大な星によるものです。研究チームはまず、ハーシェル宇宙望遠鏡とカリフォルニア工科大学サブミリ波天文台(CSO)のデータアーカイブから、波長350マイクロメートルの遠赤外線画像を取得して解析しました。
「ハーシェルのデータから、G33.92+0.11のまわりの塵やガスの分布が明らかになりました。そしてハーシェルでは見えない細かい構造を、CSOのデータで見ることができました。その結果、2本のガスの腕が若い星団の南北にのびていることがわかりました。これは、大量のガスがこの腕を通って星団中心部に流れ込んでいることを示していると考えています。」と、論文の共著者であるロマンーズニーガ氏は語ります。
図. アルマ望遠鏡が波長1.3mmの電波で観測した塵の分布(左)と、アセトニトリル(CH3CN、黄)、硫化炭素の同素体(13CS、緑)、シアン化重水素(DCN、紫)の疑似カラー画像(右)。
Credit: ALMA(ESO/NAOJ/NRAO), H. B. Liu et al.
研究チームはG33.92+0.11の中心部(G33.92+0.11A)をアルマ望遠鏡を用いてさらに高い解像度で観測し、太陽の100~300倍の質量をもつ巨大なガス塊を2つ発見しました。さらに、これらのガス塊がいくつかのガスの腕でつながれていることを明らかにしました(注)。G33.92+0.11Aのガスの腕は分裂の途中にあるようで、2つの大きなガス塊のまわりをとりまく「衛星ガス塊」のような構造も見えています。またアルマ望遠鏡によるアセトニトリル、硫化炭素、シアン化重水素の同時観測から、ガスの性質(温度や密度)が場所によって大きく異なることもわかりました。それによれば、中心部では既に星が生まれていて高温になっている一方、北側の衛星ガス塊は比較的低温になっています。
研究グループは、G33.92+0.11Aの中心約3光年程度は平らな構造をしており、質量の大きなガス塊に向かって腕を経由してガスが流れ込んでいると考えています。ガスの回転にともなう遠心力によってガス流の勢いは弱まっているようですが、ガスの腕が分裂することで第2世代の巨大星たちがここで生まれる可能性もあるのではないか、と研究者たちは考えています。
共同研究者であるガルバンーマドリッド氏は、「渦巻腕のようなガス構造は、重力的に不安定かつ回転している領域であれば、いろいろな場所にいろいろなスケールで存在します。アルマ望遠鏡による観測で、またひとつそうした場所が見つかりました」と語っています。
この研究は、Liu et al. “ALMA resolves the spiraling accretion flow in the luminous OB cluster forming region G33.92+0.11″として、天文学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル」に掲載されました。
研究チームは以下の通りです。
Hauyu Baobab Liu (台湾中央研究院天文及天文物理研究所)
Roberto Galván-Madrid (メキシコ国立自治大学)
Izaskun Jiménez-Serra (ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)
Carlos Román-Zúñiga(メキシコ国立自治大学)
Qizhou Zhang (ハーバード・スミソニアン天体物理学センター)
Zhiyun Li (バージニア大学)
Huei-Ru Chen (台湾 国立清華大学)
注:若い星のまわりの渦巻腕という構造は、小質量星L1551NEのまわり(プレスリリース「双子の赤ちゃん星を育むガスの渦巻き」 )でも報告がありますが、今回のものはL1551NEに比べて100倍から1000倍ほど大きな構造です。
下の図は、大質量星形成領域のガスの分布をシミュレーションした結果(左)と、今回アルマ望遠鏡で観測したG33.92+0.11中心部の塵の分布(右)を示しています。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), H. B. Liu, J. Dale.