アルマ望遠鏡の科学評価観測データの解析により、アルマ望遠鏡がミリ波の偏波観測において世界最高感度を有していることが確認されました。偏波の観測は宇宙空間における「磁石の力(磁場)」を調べるための重要な手段であり、超巨大ブラックホールからの高エネルギージェットの成因調査など、さまざまな謎の解明に活用されることが期待されます。
宇宙にあるさまざまな天体にも、磁場が働いています。地球が巨大な磁石のはたらきを持っているために方位磁針で方角を知ることができますし、太陽表面の黒点やフレアと呼ばれる爆発現象にも磁場が大きな役割を果たしています。星・惑星系の誕生やブラックホールの周囲で起きる現象においても、磁場なしでそのメカニズムを説明することはできません。このように天文学で重要な意味を持つ磁場ですが、一方で測定は簡単ではありません。磁場を測定する数少ない方法の一つが、電磁波の偏り(光なら偏光、電波なら偏波)を観測することです。
アルマ望遠鏡は、ミリ波・サブミリ波帯で今までにない高感度の偏波観測を行うことができる望遠鏡です。その性能を確かめるためには、他の電波望遠鏡で偏波観測が既になされている天体をアルマ望遠鏡でも観測し、結果を比較する必要があります。アルマ望遠鏡はすでに本格的な科学観測を開始していますが、それと並行して、先進的な観測の性能を実証する「科学評価観測」も実行しています。
偏波観測性能の実証のために、地球から73億光年の距離にある3C286と呼ばれる天体がアルマ望遠鏡で観測されました。この天体は「クエーサー」という種類の天体で、非常に強い電波を放射しています。その中心には超巨大ブラックホールがあり、非常に高エネルギーのガス(ジェット)が放出されていて、磁場がジェットの形成に大きな役割を果たしていると考えられています。今回の観測では、このジェットの根元付近から放射される電波の偏波強度と偏波の向きを測定しました。その結果、より長い波長の電波(センチ波)による観測結果よりも、アルマ望遠鏡が観測した1.3mm(ミリ波)の電波のほうが偏波の割合が高いことがわかりました。ミリ波のほうがジェットの根元から放射されると考えられているため、今回の成果はジェットの根元に近づくにつれてより強く、方向がそろった磁場があることを示しています。。これは、クエーサー近傍の磁場構造を探る手掛かりになる結果です。
今回の科学評価観測チームを率いた国立天文台チリ観測所の永井洋 特任准教授は、「今回の観測をもとに、アルマ望遠鏡の偏波観測の性能が非常に高いことを確認することができました。これは、アルマ望遠鏡プロジェクトにとっても重要なマイルストーンといえます。」と語っています。
一般に、観測される電波の総強度に対して偏波の強度は数%以下と非常に弱いため、偏波を精度よく観測するためには高い感度が必要です。アルマ望遠鏡は感度が非常に良い望遠鏡であるため、偏波観測にも威力を発揮します。また高精度観測には装置の較正も重要であり、科学評価観測のなかでは較正の手法を確立するための試験観測も多く行われました。こうした準備観測を経たからこそ、世界中の研究者がアルマ望遠鏡の高い偏波観測性能を活かしたさまざまな観測を行うことができるのです。
この研究成果は、Nagai et al. “ALMA Science Verification Data: Millimeter Continuum Polarimetry of the Bright Radio Quasar 3C 286″として、2016年6月20日発行の米国の天文学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に掲載されました。
アルマ望遠鏡による偏波観測のようすは、スタッフによるリレー連載『Bienvenido a ALMA!』の「20. ALMAによる偏光観測」でも紹介しています。
図は、アルマ望遠鏡で観測した3C286です。等高線は電波強度を表し、紫色の短い棒は偏波の向きを表しています。中央にクエーサー中心部が見え、右側にクエーサーから放出されるジェットの一部が見えています。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Nagai et al.